雨上がりの景色を夢見て
『ここで休んでて』

従業員の休憩ルームに私を案内すると、賢さんは部屋を出て行った。

私は椅子に座って、テーブルの一点をただただ見つめていた。

しばらくして、賢さんは、おぼんにココアフロートをのせて戻ってきた。

『疲れてる時は、甘いものが1番だよ』

私の前に差し出されたココアフロートからかすかにカカオの香りがした。

でも、食べる気にならなくて、私はグラスについた水滴を見つめていた。

賢さんは、強引にすすめることも、グラスを下げることもせず、黙って同じ空間に居続けた。

私を1人にしない方がいいと思っていたんだと思う。

それから数十分ほどすると、裏口が空く音がして、足音が近づいてきた。

『…雛ちゃん』

開けたままの扉から入ってきたのは、汗だくの仁さんだった。

『賢、ありがとう』

そう言って、テーブルを挟んで私の向かい側に座った仁さん。

『アイスコーヒーでいい?』

賢さんの言葉に頷くと、仁さんはゆっくりと息を吐いた。

『…急に居なくなるから、驚いたよ…』

『…ごめんなさい…』

謝る私を、ハンカチで汗を拭いていた仁さんは優しい眼差しで見つめた。

『…ココアフロート、飲まないの?賢の腕に狂いはないはず』

冗談めかす仁さんの言葉に、場を少し和ませようとしているのがわかった。

仁さんは、私が車道に出ようとしたことを賢さんから聞いているはず。

なのに、そのことに触れないのは、話題に触れるのが心配なのか、私への気遣いなのかは分からなかった。



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