雨上がりの景色を夢見て
「傷の話したんだって?」

「うん。色々と、流れでね。あっ、大丈夫、シスコンの夏樹にドン引きなんてしてなかったわよ?」

冗談混じりにそう言って笑い飛ばす夏奈。

俺は分かってる。わざとこの話を明るくしようとしていることくらい。

夏奈があえて、温泉を選ぶ理由は、大好きな趣味である温泉巡りを、病気を理由に諦めたく無いから。

夏奈は、自分の体を受け入れている。

けれど、受け入れるまでに、夏奈がどれほど影で苦しんでいたか、俺は痛いほど知っているんだ。







『まさか私が、ってこういうことよね』

就職活動しまくって、やっと憧れの美容系の会社に就職出来たのに、入社2ヶ月で、病院に入院することになった夏奈。

ベットの上の夏奈は、元気だから、と自分で剥いたりんごを頬張って、明るく振る舞っていた。

手術まで数日となったある日、病室に自分のスマホを忘れたことに気がついた俺は、慌てて夏奈の病室に戻った。

コンコン

ガラッ

『スマホ忘れ…た…』

ノックをして、扉を開けた俺の目に入ってきたのは、間違いなく、慌ててパジャマの袖で涙を拭った夏奈の姿。

『…馬鹿、着替え中だったらどうするのよ』

そう言って冗談混じりに笑った夏奈の目は赤くなっていた。






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