恋に落ちたら
4人は話が盛り上がりすぎて私たちが取り残されているのに気がつかない。
お腹もいっぱいだし、着物で身動きが取れず苦しい。
私はトイレに行くふりをして席を立つと、そのまま腹ごなしのためホテルの外にある中庭の東屋で休憩した。やっと足を伸ばすことができホッとした。

「あー、疲れた。早く帰りたい。全く、今どき許嫁なんてバカじゃないの?」

誰もいないのをいいことに大きな独り言が漏れ続ける。

「生まれた時から結婚の約束をしていた? 呆れるわ。勝手に人の人生決めるなっていうのよ」

「そうだよな。俺もそう思うよ」

「え?!」

私は振り返ると悟くんが後ろに立っていた。
驚いて何も言えずに口だけがパクパクしてしまう。

「みのりちゃんもそう思うだろ。まさかあのみのりちゃんと結婚だなんて思っても見なかったよ」

「さ、悟くんもそう思うよね? なら断っててもらえますか?」

「みのりちゃんから断ってよ」

「もちろん。断るってこの前、父には話ました。悟くんからも田神のおじさまに断ると伝えてください」

ハハハ、と笑い声をあげている悟くんに驚いた。

「みのりちゃんしっかりした子になったね。大人しくていつもウサギのぬいぐるみを抱いていた記憶しかないのに」

「そんな昔のこと!」

「だっていつもおばさんの後ろに隠れてただろ?」

確かに。
ひとり娘として大人に囲まれることが多く、どこに行っても不安だった。
だから田神の家に行くのも不安だったが、あの頃悟くんが遊んでくれていたことをふと思い出した。
だから田神の家に行くことは楽しいことに変わっていったんだった。けれどそれも悟くんが中学に入るまで。勉強に部活にと忙しくなった彼とは滅多に会わなくなってしまった。会っても昔のように遊んでもらえなくなり寂しかった。そのうち私も中学になり、親同士の交流はあっても子供同士は疎遠になっていた。

「みのりちゃんとちゃんと話すのは10年ぶりくらいか?」

「そうかもしれないですね」

お正月に挨拶に行っても付き合い程度で、社長という家柄ゆっくりしている暇もないため子供同士も話すことはないままだった。

「こんなに他人行儀になるなんて寂しいな。あんなに遊んであげていたのに。それにあの頃は『さっくんと結婚する〜』なんて言ってたのに」

え?
私ったらそんなこと言ってたの?
正直なところ、彼との記憶はあまりなく、おぼろげに遊んでいた程度だ。

「悟くん!」

私は彼の話を制した。
これ以上幼い頃の恥ずかしい記憶は離さないで欲しい。

「みのりちゃん。俺も決められて結婚するのは嫌だ。けれど自分の意思でみのりちゃんと結婚したいと思ってる」

「は? なぜ?」

私は呆気に取られ、素のままに素っ頓狂な声を上げた。

「うーん。なんでかな」

「困ります!」

「なんで?」

「私、恋愛結婚がしたいんです」

その言葉を聞き、悟くんは笑い声を上げた。

「分かった。じゃ、俺たち恋愛結婚にしよう」

そう言うと彼は私の唇にさっと唇を重ねてきた
。 
あ!!!
呆気に取られまた口がパクパクしていると頭を撫でられる。

「覚悟しておいて。みのりの望むように恋愛結婚をしような」

急に呼び捨てにされたかと思うと私の肩を抱き、先ほどの席へと戻るよう促された。
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