恋に落ちたら
「おじさんにとっては後継者問題なんて関係なく、みのりの幸せだけを祈ってたんだろう」

「私の幸せ?」

「親なら当然だろう。みのりが幸せならいいって思うんじゃないか? そして俺はみのりを幸せにしたいと思っている男でもある」

冗談めかすように私に言うが、目はどことなく熱を帯びていた。

「本気?」

「もちろんだ。俺はみのりの許嫁だと子供の頃に聞いて嬉しかった。だからみのりのために俺は薬剤師になった。薬学の勉強だけじゃない。経営も勉強してきた」

真面目な顔になり、私の手を両手で包み込んできた。
私は彼の目から視線を逸らすことができなくなっていた。

「私のために進路を決めたの?」

「みのりのためだけじゃない。きっかけだったかもしれないが、薬学はとても面白くて興味深かった。俺に合っていると思ったから進んだだけだ。だからみのりは重荷に思わなくていい」

「でも……」

「みのりと結婚するために薬学も経営も勉強してきたって言ったら結婚するのか? 違うだろ。だから気にすることはない。結婚しなくても俺は薬剤師のままだ」

たしかに、もし両親や私のせいで薬剤師になったと言われたら彼の人生を私たちが決めたことになる。
きっかけなったことは明らかだと思うけれど、それを自分の意思だと言い切ってくれた悟くんの心の広さや強さを感じる。

「ありがとうございます」

私は悟くんに頭を下げた。
すると彼は、

「こちらこそ職業選択の幅を広げてくれてありがとう」

と言いながら私の頭をポンポンとした。
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