恋に落ちたら
「美味しかった」

やっと出た言葉が食べ終わった後のこの言葉だけ。

「よかったです。顔が真っ赤になっていたのも治りましたね」

顔を覗き込まれ、ドキッとした。
さっきまで気が付かなかったが彼、なかなかの美形。短髪がとてもよく似合うスポーツマンって感じのキリッとした顔立ち。体つきはガッチリというよりは程よく筋肉がついている感じだった。

「ありがとう」

彼にお礼を言うと、目を細めて私のことを見つめ返してきた。

「どういたしまして。お姉さん大丈夫? 愚痴聞きましょうか?」

見るからに年下の彼。スポーツバッグが足元に置かれ、まだ学生だろう。
そう言われたけれど私は初対面の彼に言い淀んでいると、彼は自分の話をし始めた。

「俺、今日大会だったんです。陸上やってるんですけど最近記録が伸びなくて、それで今日も惨敗でした。記録を期待されて大学に入ったのに期待外れな成績で、本当に情けなくて、悔しくて」

私は彼の話を俯きながら聞いている。

「恥ずかしいことに泣きそうになってしまって。それでみんなの顔もまともに見れなくて逃げ出すように競技場をあとにしたんです。そうしたら大泣きしながら歩いてるお姉さんを見かけて、俺の涙は引っ込みました」

「あ……」

そんなに大泣きだった? 改めて言われると少し恥ずかしくて彼のタオルで顔を隠した。

「お姉さんがちょっと羨ましかったです。理由はわからないけど、お姉さんが素直に表現できているのを見て、俺まで一緒に泣かせてもらった気分でした。泣くくらいお互い辛いことがあったってことですよね」

顔を埋めたまま頷いた。
すると頭をポンポンとされた。

「よく頑張りましたね」

私はまた涙が溢れてきた。顔を埋めたタオルをまた湿らせ始める。

「俺も頑張ってるんです。努力が実らないし、情けないけど、俺なりの精一杯の努力はしてるんです。あーあ……もう何もかもやめたいな」

私はタオルに顔を埋めたまま、声のする方に手を伸ばした。そして彼の頭を撫でてあげた。

「あなたも頑張ったんだね。偉いよ。結果が全てと言う人もいるけど、結果だけで人は評価できないの。あなたを見ていてくれる人は必ずいる。周りに振り回されてやりたいことをやめてはダメよ」
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