恋に落ちたら
「みのり、かわいすぎ」

ピコンと音がしたと思うとスマホをポケットにしまっていた。

「あ……」

ついペンギンが真似をして追いかけてくる姿を見て私は夢中になってしまった。
急に恥ずかしくなり顔が火照るのを感じる。

「あのペンギン人懐っこいな。みのりと遊んでる姿がとてもかわいかったよ」

そう言うといつのまにか離れていた手をまた繋がれた。
そのまま経路に沿って水槽を回り始めた。
私はさっきはしゃぎすぎてしまったのが恥ずかしく、悟くんに手を引かれるままに歩く。

「みのり。ほら、かわいい子がいるよ」

私が視線を上げるとエイが見えた。裏側は人の顔のように見え、笑っているように見えるのでふっと私も笑ってしまった。

「笑ってるみたいですね」

「本当だな。なんだか笑いを誘う可愛さだ」

少し落ち着きを取り戻し、水槽を見る余裕が出てきた。
カラフルな熱帯魚をみたり、チンアナゴのように不思議な生き物を見ているだけ癒されてしまう。

「うちにいたら毎日癒されるんだろうなぁ」

小さな独り言が漏れてしまうとギュッと手を握られた、と同時に耳元で悟くんの呟きが聞こえてきた。

「俺たちの家に置けばいいんじゃない?」

え?
私はその声に顔を上げると悟くんの顔が近くにあって驚いた。

「うわぁ」

思わず後ろに後退りするところだったところをニヤッと笑った悟くんは私の肩をギュッと抱きしめてきた。

悟くんの顔はなんだか、嬉しそう?
大人のはずの悟くんはどうしても子供の頃の顔が思い出されて仕方ない。
昔もこんな顔して笑いかけてくれてたな。

「さ、次はかわうそを見に行こう」

さっきまで手を繋がれていたのに、今は肩を抱かれた状態で密着している。
私は彼の腕の中から逃げ出そうとするが、もがけばもがくほど力は強まり密着度が増す。
こういったことに慣れていない私はどうしたらいいのかと動揺してしまう。

「みのりは恋愛結婚したいんだろう? こうやってお互いの距離を縮めていくのは間違いじゃない。これが不快なら根本的に無理だけど、この顔を見る限り不快じゃなさそうだから俺はこのまま攻めていくのみだな」

そう言うと私のことを優しく抱き止めるようにして歩き出した。

正直なところ今まで恋愛はしてきたことがない。
高校の頃は部活に明け暮れ、大学ではサークルに入っていたけれどお小遣いがなくファーストフードのお店や家庭教師のバイトをしていたので時間に追われていた。
サークルの先輩が気になっていたが同級生と付き合い始めて呆気なく終わってしまった。
その後も好きになるってよく分からず、気になるけどあと一歩踏み出せなかった。

『いつか私も恋に落ちる日が来る』と待ち続け、ここまで誰とも付き合うことなくきてしまった。
< 9 / 80 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop