樹海のおとしもの
世の中は弱肉強食だ。地頭でも運動能力でも他人に媚びる力でも単なる運でもいい、強い者は生き残り弱い者は負けていく。今の世の中だと、強い者は上級国民、弱い者はホームレス…ということになるのだろうか。
俺は、なるべく「真ん中」にいようと心がけて生きてきた。普通が1番。高収入はあればいいだろうが、ブラック企業の社畜風情の俺がそんなことを考えるのはおこがましいというものだ。しかし、ありがたいことに、先月俺の昇進が決まった。給料も少しはマシになった。もうすぐ誕生日を迎える妹は新進気鋭のベンチャー企業の社長と結婚し、つい先日出産をした。目に入れても痛くないくらい可愛い赤ちゃんだった。俺は俺なりに幸せな日々を送っていたのだ。
俺が同僚に嵌められて会社を首になり、
妹夫婦が何者かに殺されたあの日までは。
あの日々のことはあまり覚えていない。
俺の実績を妬んでいた同僚が浮かべていた薄笑い、静かなリビングに散っていた妹夫婦、
警察官の気の毒そうな顔、行方不明になった赤ちゃん…。人身売買の世界において、日本の子どもは高値で取引されるんだとか。
妹の夫の活躍を妬む奴がいたとか。
手口からして、手練の殺し屋の可能性もあるとか。
思い出したくもない嫌なことほど覚えているものだな。
社員寮に住んでいた俺は妹夫婦の葬式後に寮を追い出され、大切な家族と住処を一気に無くした俺は、途方に暮れた。
趣味などない、金もない。
あれっ、自分なんで生きてんだっけ?
残っているのは僅かな所持品と
葬式の時の借金だけ。
「とりあえず、気ままに歩いてみるか…」
何かあるかもしれない。
どれくらい歩いたか。
1日野宿し、山の中を歩いていた。
早朝のことだった。霧が濃い。
そうして俺は、緑が原樹海に迷いこんだ。
木々の中を歩くのはとても久しぶりだ。
自然と心が安らぐ。
高校の時の山岳部の奴らが部活勧誘の時に山の中ではリラックスできるって言ってた理由が分かった気がする。
「こんな静かなところで朽ち果てるのもありかもな…」
歩き続けそして、1本の木の前で止まった。
十分な高さがある。ここにしよう。
深呼吸して、俺は準備を始めた。ロープを木にくくり、自分の首がちょうど閉まるくらいの長さに調節する。持参していた折りたたみ式のイスを置く。イスに乗り、ロープの輪っかの中に首を通し、一呼吸。
「あとはこのイスを蹴れば、宙ぶらりんになるってことか…」
目を閉じて、回想。死の間際、人は様々なことを思い出すらしい。走馬灯のように脳内に蘇る記憶を一つ一つ、順に追っていく。
うん、まあまあの人生だったな。
良いことも悪いこともあった。
もうちょい人のためになるようなことしたかったかもな…遅いか。
「よく耐えた、自分。頑張ったな。」
小さく呟く。軽く一呼吸。
右足に力を入れる。イスの背が傾き始める。
最後に、思いっきり蹴ろうとしたその刹那。
「やめろ!今すぐそこを降りろ、逝くな!」
ハリのある、女性の声がした。
思わず声のした方向を振り向く。
お洒落な西洋風の服を着た女性がいた。
ただし、足はなかったのだが。
俺は、なるべく「真ん中」にいようと心がけて生きてきた。普通が1番。高収入はあればいいだろうが、ブラック企業の社畜風情の俺がそんなことを考えるのはおこがましいというものだ。しかし、ありがたいことに、先月俺の昇進が決まった。給料も少しはマシになった。もうすぐ誕生日を迎える妹は新進気鋭のベンチャー企業の社長と結婚し、つい先日出産をした。目に入れても痛くないくらい可愛い赤ちゃんだった。俺は俺なりに幸せな日々を送っていたのだ。
俺が同僚に嵌められて会社を首になり、
妹夫婦が何者かに殺されたあの日までは。
あの日々のことはあまり覚えていない。
俺の実績を妬んでいた同僚が浮かべていた薄笑い、静かなリビングに散っていた妹夫婦、
警察官の気の毒そうな顔、行方不明になった赤ちゃん…。人身売買の世界において、日本の子どもは高値で取引されるんだとか。
妹の夫の活躍を妬む奴がいたとか。
手口からして、手練の殺し屋の可能性もあるとか。
思い出したくもない嫌なことほど覚えているものだな。
社員寮に住んでいた俺は妹夫婦の葬式後に寮を追い出され、大切な家族と住処を一気に無くした俺は、途方に暮れた。
趣味などない、金もない。
あれっ、自分なんで生きてんだっけ?
残っているのは僅かな所持品と
葬式の時の借金だけ。
「とりあえず、気ままに歩いてみるか…」
何かあるかもしれない。
どれくらい歩いたか。
1日野宿し、山の中を歩いていた。
早朝のことだった。霧が濃い。
そうして俺は、緑が原樹海に迷いこんだ。
木々の中を歩くのはとても久しぶりだ。
自然と心が安らぐ。
高校の時の山岳部の奴らが部活勧誘の時に山の中ではリラックスできるって言ってた理由が分かった気がする。
「こんな静かなところで朽ち果てるのもありかもな…」
歩き続けそして、1本の木の前で止まった。
十分な高さがある。ここにしよう。
深呼吸して、俺は準備を始めた。ロープを木にくくり、自分の首がちょうど閉まるくらいの長さに調節する。持参していた折りたたみ式のイスを置く。イスに乗り、ロープの輪っかの中に首を通し、一呼吸。
「あとはこのイスを蹴れば、宙ぶらりんになるってことか…」
目を閉じて、回想。死の間際、人は様々なことを思い出すらしい。走馬灯のように脳内に蘇る記憶を一つ一つ、順に追っていく。
うん、まあまあの人生だったな。
良いことも悪いこともあった。
もうちょい人のためになるようなことしたかったかもな…遅いか。
「よく耐えた、自分。頑張ったな。」
小さく呟く。軽く一呼吸。
右足に力を入れる。イスの背が傾き始める。
最後に、思いっきり蹴ろうとしたその刹那。
「やめろ!今すぐそこを降りろ、逝くな!」
ハリのある、女性の声がした。
思わず声のした方向を振り向く。
お洒落な西洋風の服を着た女性がいた。
ただし、足はなかったのだが。