御曹司は恋人を手放さない
「せ、先輩……?」

結衣を見下ろす尚の目はどこか仄暗い闇を含んでおり、ギラギラとしている。結衣の体に寒気が走った。

「名前、そんなに呼ぶの嫌?山田のことはあだ名で呼んでるのに」

山田(やまだ)と言うのは、この学校の数学の教師である。定年間際のおじいさん先生で結衣と同じ一般庶民のため、結衣は「山ちゃん先生」と親しみを込めて呼んでいるのだ。だが、そんな話は尚にしたことがない。

「な、何でそれを知ってるんですか?」

結衣が震える声で訊ねると、尚はニヤリと笑う。そして結衣の耳元に顔が近付けられ、囁かれる。

「俺は、結衣のことなら何でも知ってるよ」

ゾクゾクとした感覚が結衣の体に走る。それはまるで、蛇が体を這いずり回っているかのように思えた。

「ねえ、俺って山田よりも大切じゃないの?特別じゃないの?恋人なら名前、呼び合うのが普通じゃないの?ねえ……」

尚の大きな手が結衣の体に触れる。制服越しに胸や太ももに触れられ、結衣の体が震え出す。恐怖から逃げようとするものの、腕を押さえ付けられ、拘束が強くなっていく。
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