愛され聖女は片恋を厭う(宝玉九姫の生存遊戯1)
頬に涙が伝ったままだということに気がつき、シャーリィは慌ててそれを拭う。
急いで取り繕おうとして……だが思い直し、泣き笑いの顔で告げる。
「そう。とてもとても悲しいことがあったの。ずっと大切に想ってきたものを、失くしてしまったみたい……」
アーベントは無言でシャーリィに歩み寄り、そのままその身を抱きしめた。
「私がいます、姫」
温かな腕に包まれて、シャーリィは何も言えず、ただ涙を流した。
思えばウィレスは、シャーリィの方からいくら抱きついても、決してその腕を背に回してはくれなかった。
あくまでも兄としての態度を貫こうとするウィレスは、極力シャーリィに触れないようにしていたから。
だから、彼が抱きしめてくれたのはただ一度だけ。正体を隠して近づいてきたあの仮面舞踏会の夜だけだった。
ウィレスからは決して与えてもらえないぬくもりに包まれて、それでもシャーリィの胸を占めるのは、ただ一人の面影だけ。
(お兄様のことを好きになったりしなければ、あのままアーベントに対する好意を、恋だと思っていられたのに……。アーベントのことを好きになれていたら、きっと幸せになれたのに。……ねぇ、竜神様。どうして私達人間は、恋に堕ちる相手を自分で選ぶことができないの?)
この時、物思いの淵に沈むシャーリィは、まるで気づいていなかった。
その頭上でアーベントが、どんな表情を浮かべていたのかを……。