愛され聖女は片恋を厭う(宝玉九姫の生存遊戯1)
彼女の名は、マリア・エルフリーデ・シュタイナー。
過酷な運命の中、竜神に導かれるようにして光の宝玉姫の座に就いた彼女は、九国の軍団が入り乱れる戦場のただ中に立ち、その場の全ての者に向け、声を上げた。
ただちに争いをやめ、愛する者の待つ場所へ帰るように――と。
それは、ただの『声』ではなかった。
光の宝玉による“人の心を動かす”魅了の力……。
その声は、姿は、全ての将兵を魅了し、彼らから争う意思を奪った。
その奇跡は波紋が広がるように人々の間を伝わり、彼女の声が届かぬはずの遠い戦地にいる兵達までをも捕らえた。
彼らは一斉に剣を投げ出し、それぞれの愛する者の待つ場所へ、我先にと駆け出した。
それぞれの故郷へ、恋人の元へ、あるいは愛する者の眠る地へと……。
こうして大陸全土を戦火の渦へと巻き込んだ『宝玉戦争』はその幕を閉じた。
だが彼女は、あまりにも強大な力を行使した代償として、そのままその場に崩れ落ち、二度と目を開くことはなかった。
だが彼女の言葉は、その死後も人々を縛り続け、その後新たに戦火を起こそうとする者はなく、平穏な時代が訪れた。以来、百年の長きに渡り、大陸は平和を保ち続けている。
だが、それは表面上のこと。宝玉戦争から百年を経た今、マリア・エルフリーデの言葉がいつまでも効力を持っているわけではない。
水面下では今も、他国を侵略せんと野望をくすぶらせている国が存在する。
それが表に出ずに済んでいるのは、ひとえに竜神の宝玉による戦乱の時代の苦い教訓があるためだ。
竜神の宝玉の破壊力は凄まじく、使い手の能力いかんによっては国一つを簡単に滅ぼしてしまえる。ゆえに、うかつに手を出すことはできない。
すなわち、今の平和は九つの宝玉がそれぞれを牽制し合う、危うい均衡の上に成り立つもの。
宝玉守りの姫となった者は、国を守るためにも、宝玉の力を完璧な形で使いこなし、その威を内外に示さねばならない。
もし宝玉守りの力が未熟と知れれば、必ずその隙をついてくる者が現れるのだから……。