愛され聖女は片恋を厭う(宝玉九姫の生存遊戯1)
26 アーベントの過去
「俺の母親……シュタイナー公の実姉マリア・イレーネは、俺のせいで死んだ。父が警備隊長を務める、エンヨウとの国境の街で」
アーベントは苦しげに語り出す。
「当時、まだ子どもだった俺は、母と一緒にエンヨウの隠密兵に誘拐された。父に言うことを聞かせるための、人質として……」
シャーリィは思い出す。エンヨウとの間に囁かれていた、きな臭い噂話を……。
「そのままおとなしくしていれば、無事に済んだのかもしれない。なのに、俺は自力でそこから逃げ出そうと、無謀にも見張りの兵に襲い掛かった。俺は物心ついた時から、毎日のように兄や父の部下から剣術や武術の訓練を受けていたから……自分の力を過信していたんだ。……今思えば、子ども相手に手加減して、わざと負けた振りをしてくれていたのに、それを自分の実力だと思い込んで……。相手は、まだ十代くらいに見えたし、身体も細身だったから、勝てると思ったんだ。……なんて浅はかだったのかと、自分で自分を殴りたくなるよ」
苦しげな声とは裏腹に、アーベントに口元には笑みが浮かんでいた。……ひどく歪な笑みが。
「当たり前な話だが、俺はあっさり返り討ちにあった。そして、そのまま殺されかけた。人質は、母一人だけでも足りるから。……だが、俺は殺されなかった。母が、縄で後ろ手に縛られたまま、それでも俺を庇おうと、必死に飛び出して来たんだ。……そして、そのまま、敵の刃を受けて死んだ。俺は、ただ一人残った人質として、殺されずに済んだ。父と兄が敵のアジトに乗り込んで来て俺を救ったのは、そのたった数時間後のことだった」
シャーリィは絶句した。