愛され聖女は片恋を厭う(宝玉九姫の生存遊戯1)
「……ということなのですが、お分かり頂けましたかな?シャルリーネ姫?」
コツコツと神経質に机の端を叩かれ、シャーリィはハッとして飛び起きた。
「あ、あら?私……」
「実にお気持ち良さそうに眠っておいででした。史学の授業はそんなに退屈ですかな?王女殿下」
今にも説教の雨を降らせて来そうな教師の顔に、シャーリィのこめかみを冷や汗が滴り落ちる。
だが、彼女はすぐに表情を取り繕い、にっこりと微笑んで教師を見上げた。
「ごめんなさい。先生のお声が、あまりにも耳に心地良かったものですから、つい……。聞く者を、眠るように安らかな心地へと誘う、本当に素晴らしいお声です。歌劇の舞台にお立ちになったら、きっと皆うっとり聞き惚れるに違いありませんわ」
教師は一瞬、呆気にとられたようにシャーリィの微笑みを見つめたが、やがて頬をほのかに染めて横を向いた。
「今回は許して差し上げます。しかし二度目は許しませんぞ」
シャーリィはほっと胸を撫で下ろし、こめかみの冷や汗をハンカチーフで拭う。
光の宝玉姫の微笑みは、誰をも魅了するとびきりの免罪符だ。
勤勉で努力家の兄とは違い、苦手な勉強はついおろそかになってしまいがちなシャーリィは、今のように授業中の失敗を文字通り『微笑って誤魔化す』ことでなんとか凌いでいた。
「えぇと……どこまで聞いたかしら?確か、マリア・エルフリーデ姫のお名前が、出ていたような気がするのですけど」
「今日は、宝玉にまつわる歴史と宝玉姫の存在意義について、非常に重要な話をしていたのですよ?それなのに途中で眠ってしまわれるなど……」
「でも、宝玉戦争のお話と、光の女王マリア・エルフリーデ姫のお話でしたら、小さい頃から絵本や寝物語で聞いて、すっかり覚えてますわよ?」
「お言葉ですが、シャルリーネ姫。物語として語られるものと、歴史的観点から語られるものとは別物です。ならば、あなた様は、マリア・エルフリーデ姫の死から学ぶべき、光の宝玉姫としての教訓がお分かりになられますかな?」
「えっと……大き過ぎる力を使うと、死んでしまう、ということですわよね?」
「それだけではございません。人の心を曲げることは、たとえそれが善なる目的のためであれ、竜神様に許されぬ禁忌だということです」
言いながら教師は、黒板に図を描きだす。