愛され聖女は片恋を厭う(宝玉九姫の生存遊戯1)
04 愛され聖女は恋を恐れる
長い史学の授業の後には、束の間の休憩時間が入る。
シャーリィはいつものように、廊下に出て、控えている騎士に声をかけた。
「リアン、お待たせ。さ、お散歩に行きましょう」
「はっ」
騎士は短く返答し、シャーリィの一歩後について歩き出す。
彼、フローリアン・クローゼは、入れ替わりの激しいシャーリィの親衛隊の中では一番の古株であり、彼女の一番の『お気に入り』でもあった。
「ねぇリアン。今日の私、どこか違うと思わない?」
思わせぶりに微笑み、シャーリィは廊下の中央で、くるりと一回転してみせた。
端をわざと長く残して結んだリボンが、白金の髪に絡まり、ふわりと揺れる。
フローリアンは困惑したように眉を寄せた。
「あの……もしや、ドレスを新調なさいましたか?」
「正解!よく分かったわね。どう?似合う?リアンに一番に感想を聞こうと思っていたの」
無邪気に問いを重ねながら、シャーリィは長いドレスの裾を持ち、再び回転してみせる。
肩と鎖骨を露にしたそのドレスは、それまで彼女が身に着けてきたものとは違う、やや大人びたデザインのものだった。
たっぷりのシャーリングを寄せ、女性らしくふくらみを持たせた胸元のすぐ下には、細いリボンの飾り帯。
それは一見無造作に巻きつけてあるように見えて、絶妙な配置で腰まで続き、華奢なウエストラインを際立たせる。
優美なマーメイドラインを描くスカートは、ドレープもフリルも無い無地の純白。ただし裾の縁取りに、ごく控え目に繊細な金糸の刺繍が施してあった。
ドレス自体の華美さより、身にまとった際のシルエットの美しさを最重視して作られた、シンプルなドレス。
それはかえってシャーリィ自身の魅力を高め、まだあどけなさを残す少女に、ほのかな色香をも添えていた。
「お美しいです……。とても……」
眩しいものを見るように目を細め、フローリアンは声を上擦らせた。
その目が、一瞬ひどく苦しげに歪む。しかし、シャーリィは気づかなかった。
シャーリィは満足したように頷き、再び前を向いて歩き出す。
その足取りは彼女の機嫌の良さを表し、弾むように軽やかだった。
その後をついてくるフローリアンの、ぎこちないほどに重い足取りとはうらはらに……。