愛され聖女は片恋を厭う(宝玉九姫の生存遊戯1)
満月宮の庭園は、専属の園丁たちの手により、季節ごとに姿を変える。
花盛りの春を終えた初夏の庭園は、涼しげな緑に満ちていた。
園丁たちの美意識に基づき、幾何学的でありながら、どこか左右非対称に整えられた庭園。
しばらく散策した後、シャーリィはいつものように、蔦の絡まる白い東屋に腰を落ち着けた。
途端、どこからともなく数羽の小鳥が飛来し、彼女の肩に停まってさえずりだす。
いや、小鳥だけではない。蝶や小リスまでもが、磁石に引き寄せられでもしたように、どこからともなく彼女の周りに集まってきた。
シャーリィは慣れた様子で小鳥たちに話しかけ、その羽根をそっと指先で撫でてやる。
これは、彼女にとってはごく当たり前の日常。
光の宝玉が惹きつけるのは、人間だけではない。虫や動物に至るまで、その力で魅了することができるのだ。
フローリアンは東屋の脇に立ち、小鳥たちと戯れる王女を、どこか痛みをこらえるような目で見つめていた。そんな彼に、シャーリィがふと目を向ける。
「ねぇ、リアン。今日は花を捧げてはくれないの?」
「は……」
表情を取り繕うので精一杯のフローリアンは、咄嗟に返答できず、ただ間が抜けたように口を開きかけたまま、硬直した。
「いつも、庭園に来た時には、花を摘んで捧げてくれるじゃない?今日は無いの?」
「それは……」
「でも、そうねぇ。今はそんなに花が無いものね……。ああ、でもあそこ、釣浮草の花が咲いてるわ。私、あの花、結構好きよ」
シャーリィが指差した先には、白い陶器で作られた花鉢があった。
やや脚の太いワイングラスのような形の、花鉢。
そこから噴水のように広がり垂れ下がるのは、紅色のがくと薄紅の花びらのコントラストの美しい、優美な形の花の群れ。
シャーリィは微笑んでフローリアンを見上げ、彼が動くのを待つ。
常ならば、フローリアンはシャーリィが言葉に出さずとも、自ら花を摘み差し出してくれていた。
それは、彼がシャーリィ付きの騎士に任じられて以来、毎日のように繰り返されてきた光景。
シャーリィはフローリアンの差し出してくれるその花を、いつも楽しみにしていた。贅を尽くした宝飾品を贈られるより、そこに咲く花をそっと差し出してくれるようなささやかな真心を、彼女は何より喜んだ。
だが、この日の彼はそこに立ち尽くしたまま動かず、ただ苦しげに眉を寄せた。
「……どうしたの、リアン」
「姫様……。私はもう、姫様に花を捧げることはできません」