愛され聖女は片恋を厭う(宝玉九姫の生存遊戯1)
「え……?」
戸惑いの表情を浮かべるシャーリィの前に、フローリアンは片膝をつき跪いた。
「実はこの度、お暇を頂くことになりました」
「何を言ってるの、リアン。冗談でしょう?親衛隊を辞めて、どうするつもりよ?」
「領地に戻り、妻を娶ることになりました。その後は、父の後を継ぎ領主に……」
「それは……あなたのお父様の命令で?」
問う声は、知らず震えていた。フローリアンは気づかぬふりで、首を横に振る。
「いいえ。私の意思です」
「……あなた、私のことを好きだと言ってくれたわよね?」
かつてフローリアンは、シャーリィに告白していた。
そしてシャーリィは「今はまだ、そういう風には見られないから、答えは待って欲しい」と告げたのだった。
フローリアンに問いをぶつけたものの、すぐにシャーリィは後悔した。これではまるで、責めているかのようだ。
だが、一度口から零れた言葉は戻らない。
「お許しください。もうこれ以上、姫様のおそばにいることに耐えられないのです。あなたのふとした笑顔に希望を抱き、些細な言葉に絶望し、あなたが他の男に心奪われるのを恐れ……それを繰り返しながら、日々を過ごしていくことに。あなたが振り向いてくださるという保証も無いのに……」
「それは……」
言いかけ、だがシャーリィは言葉を続けられなかった。
引き留めたい。だが、それが彼にとってひどく残酷なことだということは、彼女にも分かっていた。
「……ごめんなさい」
結局、彼女が口にできたのは、謝罪の言葉だけだった。
「いいえ。悪いのは私です。姫様と過ごした日々は、私にとって何よりの幸福でした」
そう言って深々と頭を下げる騎士を、シャーリィは唇を噛みしめ、静かに見つめた。
この光景ですら、彼女には見慣れたもの。
今までに何人もの騎士を、彼女はこうして見送ってきた。そして、これからも見送り続けるのだろう。
(あなただけは違うって、思っていたのに……)
誰もが彼女に恋焦がれ、彼女に熱心に愛を告げ、その想いにもがき苦しんで、やがては彼女の元を去っていく。
シャーリィが彼らに愛を告げられ、ゆっくり好意を育んでいっても、その想いが恋に変わる前に、皆いなくなってしまう。
それでも、彼女は期待し続ける。未だ恋を知らない彼女が、恋を見つけられるその日まで、そばで待ち続けてくれる『誰か』が現れるのを。
片恋姫のジンクスゆえに、恋に堕ちることに臆病な彼女を、それでも無理矢理、恋に堕としてくれる『誰か』が現れるのを。