愛され聖女は片恋を厭う(宝玉九姫の生存遊戯1)
「お兄様のそういう所、好きよ」
甘えるように、兄の胸に額を押しつけて囁くと、ウィレスは再びため息をついた。
「……お前は、本当にひねくれ者だ」
「それを言うなら、お兄様だって……」
「私が何だ?」
「ううん。何でもない」
兄の胸に額を預けたまま、シャーリィはこっそりと笑う。
口では厳しいことを言いながら、その実、兄が自分にひどく甘いことを、彼女は知っているのだ。
姿が見えなくなれば、こうして探しに来てくれるし、優しい言葉はかけてくれなくても、ずっとそばにはいてくれる。
何より、シャーリィに嫌われることを承知で厳しい現実を告げるのは、本当に本気でシャーリィのことを案じる彼の誠実さゆえなのだと、彼女はちゃんと分かっていた。それに……。
「ね、お兄様。抱っこして」
「何を言っている」
すぐに、苦虫を噛み潰したような返答が返ってくる。シャーリィはめげずに、兄の目を下から覗き込んだ。
「このドレス、慣れてなくて、裾がさばきづらいのよ。階段を上るのも大変だったけど、下る時はもっと気をつけなければ、裾に足をとられて転がり落ちてしまうわ。だから、抱いて運んでいって。お願い、お兄様」
もっともらしい理由を並べ、更に懇願する。
ウィレスはそれでも渋っていたが、最後には無言のまま、盛大なため息とともにシャーリィを横抱きに抱え上げた。
厳しい態度で突っぱねたり、何だかんだと言いながらも、最後の最後にはこうして折れてくれる。それを知っているから、シャーリィはつい兄に甘えた態度をとってしまうのだ。
「……お兄様だけかもしれないわね。私のこと、本当に分かってくれるのは」
兄に抱えられ階段を下りながら、シャーリィはぽそりと呟いた。
「いつかは現れる。私以外にも、きちんとお前のことを理解してくれる男が」
声音だけは厳しいままで、けれど、ひどく優しい言葉を、珍しく兄が囁いた。
「そうかしら?」
兄の胸に頬を埋め、ひとりごとのようにシャーリィは問う。
「でも、もし、そんな人が現れるなら……」
彼女のひとりごとは、そのまま先を続けることなく途切れた。
兄の腕のあたたかさに安心したのか、シャーリィは気づかぬうちにうとうとと眠りに堕ちていた。
静かになってしまった妹をいぶかしげに見下ろし、ウィレスは苦笑する。それは、どこかほろ苦い笑みだった。
「……まったく。本当に困った姫だ、お前は」
吐息のようなその囁きは、シャーリィの白金の髪をわずかに震わせたが、既に眠りの中にあるその耳に届くことはなかった。