愛され聖女は片恋を厭う(宝玉九姫の生存遊戯1)

「シャルリーネ姫!」
 回廊に立っていたのは、いかにも貴族らしく、仕立(した)ての良い華やかなコートに身を包んだ青年。
「まぁ、ローターハウゼン子爵ではないの。どうなさったの?」
「あの……ど、どうかこれを受け取って下さい。姫様のために特別に取り寄せた『姫君の薔薇冠(プリンテッシン・ローゼンクローネ)』です」

 姫君の薔薇冠(プリンテッシン・ローゼンクローネ)――それは時空(とき)の宝玉を守護する隣国フローレインで作られる、稀少(きしょう)な香水の名だ。王城の温室で栽培(さいばい)される、特別な紅薔薇(べにばら)からしか作れないその香水は、ほんの数滴だけで、まるでつけた本人が薔薇と化してしまったかのような、自然で甘い芳香(ほうこう)を発する。

 子爵は緊張(きんちょう)した面持(おもも)ちで、綺麗に包装された小箱を差し出してくる。だがシャーリィは、困ったような顔で微笑むだけで、受け取ろうとはしない。
「ありがとう。でもあなたからは、もう三度も贈り物を(いただ)いているもの。これ以上は受け取れないわ。お気持ちだけ(いただ)いておくわね」
「そんな……っ、これを手に入れるのに、私は相当な努力と代価を支払ったんです!生半可(なまはんか)な品では姫様に不釣合(ふつりあ)いと思い、無理を承知で、必死に伝手(つて)辿(たど)って……!姫様が受け取って下さらなければ、全てが無駄(むだ)になります!」

 シャーリィは一瞬、迷うように瞳をさまよわせた。が、すぐに表情を改め告げる。
「ごめんなさい。あなたのお気持ちは(うれ)しいわ。でも他の方からも、四度目以降の贈り物は断っているの。申し(わけ)ないけれど、あなただけを例外にすることはできないわ」
「ですが……」
 なおも何かを言おうとする子爵の口を、微笑みで封じ、シャーリィはそのまま優雅なお辞儀(じぎ)を残してその場を後にした。
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