愛され聖女は片恋を厭う(宝玉九姫の生存遊戯1)
(これは……主従としてじゃなく、対等な友人にするみたいな言葉遣いに、どきどきしているだけ?昔のお兄様を……私の『理想』を、アーベントに重ねているだけ?でも、どうしよう。どきどきが止まらない。私が求めているのは、この人なの?この人になら、恋ができる……?)
シャーリィの表情に何かを感じたのか、アーベントもシャーリィの顔を見つめたまま、しばし無言になる。
沈黙が流れる。二人を取り巻く空気は、それまでとは明らかに色を変えていた。
時間さえ凍りついてしまったかのような、長い沈黙の後、ふっとアーベントの手が動いた。
その手はゆっくりと、シャーリィの風に泳ぐ白金の髪へと伸ばされる。シャーリィは動くこともできず、息を詰めてそれを見つめていた。
だが、その手がシャーリィの髪に触れる間際、まるでそれを制止するかのように、第三者の声が響いた。
「お前か?シャーリィの新しい騎士は」
二人ははっとして声のした方を振り返る。そこにはいつものごとく、ぱさついた灰茶の髪で顔を覆い隠した、王太子ウィレスの姿があった。
「……お兄様」
シャーリィの呟きに、それが誰かを悟ったアーベントは、すぐさまその場に片膝をつく。
「はい。お初にお目にかかります、王太子殿下。王女殿下付き親衛隊員、アーベント・クライトと申します」
「ああ。聞いている。クライト侯爵次男。母君はシュタイナー家のご出身であったとか。シュタイナー家の者達とは、随分親しいようだな。今回の騎士任命も、シュタイナー公の強い薦めがあってのことだとか」
長い髪の間から、金色の瞳がアーベントを睨む。アーベントは射竦められたかのように、身を硬くした。
「はい。シュタイナー家の方々には、大変お世話になりました」
答えるアーベントの声は、シャーリィに対するものとは打って変わって神妙なものだった。ウィレスはしばらく、品定めでもするようにじっとアーベントを見下ろしていたが、やがて厳しい声で告げた。
「分かっているとは思うが、マリア・シャルリーネは、我が国にとってかけがえのない『光の宝玉守りの姫』。お前はその宝玉姫を主君に戴く身。その務め、くれぐれも忘れることの無いよう、肝に銘じておけ」
「はっ」
アーベントは短く返答する。
そのまま何も言わないアーベントを、その後もしばらく睨むような鋭い眼光で見つめた後、ウィレスは身を翻した。シャーリィは呆然とそれを見送る。
ウィレスの姿が見えなくなってから、やっと立ち上がったアーベントは、詰めていた息を吐き出し、こめかみの汗を拭った。
「……お噂通り、厳しそうなお方ですね」
「正直に、恐そうと言ってくれても構わないのよ。……本当は恐くなんて無いのだけど。外見で損をしているのよ、お兄様は」
「……果たして、本当にそうでしょうか。私には、本当に恐ろしい方のように見えましたが」
ウィレスの去っていった方向を見つめたまま呟くアーベントに、シャーリィはただ曖昧に微笑んだ。