愛され聖女は片恋を厭う(宝玉九姫の生存遊戯1)
数日後、シャーリィはアーベントをお供に連れ、渡り廊下を歩いていた。
向かう先は月光宮。光の宝玉姫が公務を行う場所であり、光の宝玉姫に仕える神官や神女の住む場所でもある。
だが、今日そこへ向かうのは公務のためではない。
「……ここが、竜使の間……」
アーベントが、珍しく呆然としたような表情で立ち尽くす。
月光宮の一角にあるその部屋は、伝承の中に存在する『竜神の御使い』を祀るための部屋。
リヒトシュライフェでは、古くからこの竜神の御使い『竜使』に対する信仰が盛んで、その竜使に“よく似た姿を持つ生き物”を、大切にする風習がある。
そして竜使の間は、その“竜使によく似た生き物”を飼育するための部屋でもある。すなわち……
「本当に、猫だらけなんですね」
アーベントの視線の先には、絨毯の上に思い思いの格好でくつろぐ猫達の姿があった。
その猫達を見守るように、部屋の中央に安置されているのは、背には翼、額には縦長の楕円形をした赤い色石を嵌め込んだ猫の像。すなわち竜使の像だ。
ここで飼育される猫達は、国の大切な祭や行事の際に、竜使の扮装で登場し、儀式に花を添える。また、仕事に疲れた王宮の人間達の心を癒す役目も担っているのだ。
「久しぶり!ジルーシャ、ジーナ、ジーニアス!相変わらず可愛いわね」
シャーリィが名を呼び手を広げると、気づいた猫達が声を上げ、我先にとシャーリィの元に駆け寄ってきた。シャーリィはその一匹一匹の頭を撫で、抱きしめる。
「まぁ、姫様。よくいらして下さいました」
部屋の隅で猫のブラッシングをしていた初老の女性が、立ち上がり、歩み寄って来る。
竜使女官ミルト。この部屋で猫達の世話をするのが役目の特別女官だ。