愛され聖女は片恋を厭う(宝玉九姫の生存遊戯1)
「ああ、ミルト。久しぶり。ジーナを借りていってもいい?お母様のお見舞いに連れて行きたいの。お母様も猫がお好きだから」
シャーリィはそう言って、室内でも一番美しい毛並みを持つ黒猫を抱き上げた。ミルトはぴくりと肩を揺らす。
「王妃様は……またお加減が悪くていらっしゃるのですか?」
「ああ、大丈夫よ。少し体調を崩してしまわれているだけだから。心配はいらないわ」
「あの……私も一度、王妃様のお見舞いに伺ってはいけませんか?」
控えめながら、あまりにも真剣な眼差しで頼まれ、シャーリィは曖昧に微笑んだ。
「えっと……そうね。お母様に伺ってみるわ。体調がよろしければ、お会いになって下さるとは思うけど……」
「ああ……っ、ありがとうございます、姫様。どうぞよろしくお願い致します!」
「あのね、絶対にお見舞いが許可されると決まったわけではないから……。あまり期待はしないでね。じゃ、じゃあ、ジーナは借りていくわね」
曖昧な顔で微笑んだまま、シャーリィは早口にそれだけ言うと、逃げるように竜使の間を後にした。アーベントも慌ててついてくる。
「さっきの方が、ミルト様ですか。助産師として姫様を取り上げられた功績により、王妃様たっての希望で竜使女官に召し上げられたという……」
「詳しいわね。その通りよ。優しくて穏やかで良い人なのだけど、お母様のおかげで竜使女官になれたせいか、お母様のことをまるで女神様のように崇拝しているの。お母様のこととなると、周りが見えなくなってしまうことがあって……時々少し困ってしまうのよね」
シャーリィは腕に抱いた黒猫の頭を撫でながら、そっと溜息をついた。
「そう言えば、ミルト様には姫様の宝玉のお力が効いていないように見えましたが……」
「ああ。そうみたいね。特殊な例だけど、お母様の――先代光の宝玉姫の魅力の影響下に、今もまだあるから、私の魅力が効きにくいのだろうってお母様は仰っていたわ」
「そうですか。ところで、あの……竜使の間には、我々護衛騎士が、休憩時間や勤務時間外などに、自由に立ち入ってもよろしいのでしょうか?」
気恥ずかしそうな顔で訊いてくるアーベントに、シャーリィは一瞬目を丸くした後、くすくすと小さく笑った。
「あなたもあそこが気に入った?あの場所は、王宮の人間の憩いの場でもあるから、基本的に王宮に勤めている人なら誰でも出入り可能よ。もちろん、猫と一緒に遊ぶのもね」
「あ、いや、べつに私は猫と遊びたいわけでは……」
「誤魔化さなくてもいいじゃない。猫好きだからって、恥ずかしがることないのに」
からかうように笑って振り返ると、アーベントはただ苦笑した。