愛され聖女は片恋を厭う(宝玉九姫の生存遊戯1)
「この宮殿の方達は、皆、本当に猫が好きなんですね。竜使の間にいると、いろいろな方に出会えます」
白いエンタシスの柱が立ち並ぶ回廊を歩きながら、アーベントは口を開く。
中庭に面した回廊では、木々の葉擦れの音と小鳥のさえずりが、耳に優しく響いてくる。
「そうよ。猫はリヒトシュライフェの守り神だもの。竜使様のことだけではなくて、昔、ネズミが菌を媒介する疫病が大陸中に流行った時、猫を大事にしていたリヒトシュライフェだけは、その災いから逃れられたという伝説もあるものね」
シャーリィは上擦りそうになる声を抑え、早口に喋る。
「それが、昨日の史学の授業の内容ですか。よく覚えてらっしゃいますね」
「もうっ、いつもそうやって意地悪を言うのね」
「意地悪ではありません。私はいつも事実を言っているだけでしょう」
「そういう所が意地悪だと言うのよ」
怒ったように言ってみても、アーベントはただ笑みを返すだけだった。
その笑みに一瞬どきりと心臓を跳ねさせ、シャーリィは慌てて目を逸らし、別の話題を振る。
今は、話が途切れるのが、何故か恐かった。自分のペースを乱されてしまいそうな気がして。
「そう言えば、気づいていた?この宮殿、猫がたくさんいるのよ?」
「は?それはまあ、先ほどもたくさん見てきましたが」
「そうじゃなくて……ほら、あそこの柱の彫刻を見て」
シャーリィが指差したのは、回廊の柱の上部にある装飾。目を凝らしてそれを眺め、アーベントは納得したように頷いた。
「ああ。他の装飾に紛れて、こっそり猫が彫られてますね。猫というより……竜使様ですか?」