愛され聖女は片恋を厭う(宝玉九姫の生存遊戯1)
「ええ。竜使様だけでなく、竜神様もいるのよ。柱だけじゃなくて、壁や天井の装飾にも。皆ああやって、他の装飾の中に隠すように、こっそり彫り込んで。最初からそういうデザインだったのか、職人さんの悪戯心かは分からないけれど、面白いわよね。小さい頃は、よくお兄様と競争したものだわ。どちらがより多く竜使様を見つけられるかって……」
一瞬、懐かしい記憶が脳裏を過り、シャーリィは思わず目を細めた。
「仲がよろしいんですね、王太子殿下と」
「ええ。でも小さい頃は、よくケンカもしたわ。……と言うより、私の方が一方的に、お兄様に対して怒っていただけなのだけど。ほら、お兄様って、よく厳しいことを言ったり、したりするでしょう?それは相手のためを本当に想って、敢えて厳しくしているだけなのだけど、幼い私にはそれが分からなくて……。何かと言っては『お兄様なんて大嫌い』って、泣いて怒ってお兄様を困らせていたわ」
当時のことを思い出し、シャーリィの唇からくすりと笑いがこぼれる。
「相手のためを思って、敢えて厳しくしているのだと、よくお気づきになられましたね。普通ならば、そのまま兄君を嫌いになって終わり、ということにもなりかねませんのに」
「だってお兄様、私がどんなに怒っても、嫌いって言っても、ずっとそばにいてくれたもの。そばにいて、私が自分で真実に気づくのを、ずっと待っていてくれたわ。いつも、どんな時も。それにね、私が『嫌い』って言うと、表面上は平気な顔をしていても、本当はすごくおろおろしてるの。頭を撫でようとしたり、何か慰めの言葉を言おうとして、口をぱくぱくさせていたり……でも結局、何もできないの。人に優しくするのが苦手な、不器用な人なのよ。それに気づいてしまったら、何だかおかしくて」
言ってシャーリィは、本当におかしくて堪らないと言うように、くすくすと笑う。
兄の不器用さに気づいた時から、シャーリィは自分の方から兄に甘えることを覚えた。
兄が不器用さゆえに何もできないでいるのなら、自分の方から何をして欲しいのかを求めれば良いのだと。
シャーリィの求める甘いスキンシップに、ウィレスは戸惑い渋りながらも、最後には必ず応えてくれる。
そうやってシャーリィは、兄との理想的な関係を、半ば強引に築いていったのだった。
「おろおろ、ですか。あの王太子殿下が……。何だか想像しづらいのですが」
「あら。お兄様は結構、突発的な事態に弱いし、うかつな所もあるのよ。決して表に出さないようにしているだけで……」
会話を続けながら中庭へ続く階段を下りて行こうとした、その時だった。
「マリア・シャルリーネ姫!お覚悟を!」
突然響いた男の声。
シャーリィはわけも分からないまま、気づけば腕を引かれ、アーベントの背に庇われていた。