愛され聖女は片恋を厭う(宝玉九姫の生存遊戯1)

 アーベントは、すぐに剣を抜き(かま)える。
 その正面には、やはり剣を(かま)えて立つ一人の男。上質なコートに身を包んだ貴族。

「……ヴァイサーヴァルド伯爵」
 シャーリィは(つぶや)くように男の名を呼んだ。かつて、シャーリィにしつこく求婚を迫ってきていた男の一人。

「死んで下さい、シャルリーネ姫。……私と共に」
 男の目は狂気を()びていた。
 その目には、シャーリィを(かば)うアーベントの姿など映ってはいない。
 その瞳に映るのは、ただシャーリィの姿のみ。

 シャーリィはその目に(おび)えたように、身を(ふる)わせた。
「姫様、下がっていて下さい」
 緊張感を(はら)んだアーベントの声に、シャーリィは小さく(うなず)き、そのまま階段を下って中庭の東屋(あずまや)(かげ)に隠れた。

「シャルリーネ姫っ!」
 シャーリィの動きに反応したかのように、男が(おそ)()かってくる。

 アーベントは男の剣を己の剣で受け止め、素早(すばや)くそれを(はじ)き返した。男の剣がその手から離れ、宙を飛ぶ。
 男は唇を()み、アーベントを(にら)んだ。その喉元(のどもと)にアーベントは剣先を突きつける。

「待って、アーベント。殺さないで!」
「大丈夫、殺しはしません。(しば)り上げて、牢へ叩き込んで、きっちりと尋問(じんもん)しなくてはなりませんから」
 アーベントの言葉に、シャーリィはほっと安堵(あんど)の息をつく。だが、次の瞬間、男は舌打ちとともに叫んだ。

「行け!ローターハウゼン!」
「姫っ!すみませんが、死んで下さい!」
 背後で茂みが大きく揺れ、奇声じみた声とともに男が飛び出して来る。

 予想していなかった“共犯者”の存在に、シャーリィはハッと振り返る。
 驚きに大きく見開かれる目。その瞳に映るのは、短剣を(かま)えて(せま)って来る男の姿。

「姫っ!」
 アーベントは顔色を蒼白にして叫んだ。この距離(きょり)では間に合わない。

 シャーリィは逃げることもせず、ただ目を見開いたまま、駆けてくる男の姿を見つめていた。
 その唇が開かれる。その(のど)から、庭園中に響き渡るほどに大きな叫びが(ほとばし)る。

 ――だが、それは悲鳴ではなかった。

 シャーリィは叫んだ。その手にはいつの間にか、光を受けて白銀に輝く、透明な(たま)(にぎ)られていた。
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