愛され聖女は片恋を厭う（宝玉九姫の生存遊戯１）
そこに在ったのは、今までに見たことも、想像したことすらなかった、奇跡の美貌。
薄暗い地下宝物庫の中でも輝いて見える白い肌は、真珠の光沢。
笑みの形に細められても、なお大きな瞳は、光の加減で碧にも翠にも見える不思議な色。
繻子織の細い絹のリボンでふたつに結われた髪は、滝の水が流れ落ちるように、真っ直ぐに白いドレスのスカートに零れかかる。
その色は、まるで宵闇に浮かぶ三日月のような、ごく淡いプラチナブロンド。
王女は、自分に見惚れたまま口もきけずにいる後輩女官を、楽しげに見やると、おもむろに先輩女官に向き直った。
「お仕事中ごめんなさい。廊下を歩いている途中で、また新しい贈り物をもらってしまったものだから、直接ここへ持ってきたの。悪いけれど、これもしまってくれるかしら？」
そう言って先輩女官の手の上に置かれたのは、それぞれの面に、精緻なモザイクガラスで神話の一場面一場面が描かれた宝石箱。
「毎日苦労をかけてごめんなさい。今度宝物庫を増築して下さるよう、お父様に頼んでおくわ。じゃあ、よろしくね」
涼やかな声と微笑みを残し、軽やかに宝物庫を去っていく王女の後ろ姿を、女官二人は呆けたように見送った。
先に我に返ったのは先輩女官。彼女は、未だ呆然と立ち尽くす後輩女官の顔の前で、ひらひらと手を振ってみた。だが後輩女官はぴくりとも反応しない。
その瞳は見開かれたまま、夢でも見ているかのようにぼんやりと宙を見つめている。
「……しばらくは使いものにならないかしら。まあ、仕方ないわね。王宮に上がって七年の私ですら、未だにあの方の美貌には慣れないのですもの」
（でも、これで姫様への不平は消えるわね）
心の中で呟いて、先輩女官はくすりと笑う。
彼女には、この後の後輩女官の動向が容易に目に浮かぶ。
彼女はきっと、今までの態度など嘘のように王女に心酔し、しばらくの間はその姿を一目でも多く見ようと後をついて回るに違いない。
それは今までに何度も目にしてきた光景。王宮に勤める者が必ず一度は通る道なのだ。
（でも、何よりもまずは、さっきの言葉を謝罪させないといけないわね。姫様は寛容な方だけど、けじめは必要ですもの。もっとも、この様子じゃ、いつになったら姫様とまともに会話できるようになるか分からないけれど……）
動かない後輩女官をそのままに、先輩女官は仕事に戻る。王女の微笑みに機嫌を良くし、鼻歌まじりに仕事を続ける彼女は知らない。
王女がだいぶ前からこの場におり、出るに出られず女官達の会話を立ち聞きしていたことも、その微笑の裏に隠された本心も。
それほどに彼女の微笑みは完璧で、見る者の思考を奪ってしまうものだったから……。
