愛され聖女は片恋を厭う(宝玉九姫の生存遊戯1)
「私の実質的な後ろ盾が、シュタイナー公だというのは、姫様もご存知でしょう?」
シャーリィは黙って頷く。幼くして母親を亡くしたアーベントが、母の実家であるシュタイナー家に預けられたという話は、既に聞いていることだった。
「では、シュタイナー家の財政が傾いてきているということは、ご存知でいらっしゃいますか?」
シャーリィは目を見張った。そんな話は耳にしたことがない。首を横に振ると、アーベントは苦笑し、溜息をついた。
「でしょうね。シュタイナー公はプライドの高い方ですから、決してそのことが明るみに出ないよう、隠していらっしゃる。ですが、シュタイナー家の力は確実に衰えています。かつては七公爵家でも一、二を争う力を持っていたというのに……」
「それとアーベントと、何の関係があると言うの?」
未だに話の見えないシャーリィが問うと、アーベントは笑みを消した。
「シュタイナー公は私の後見役で、後ろ盾です。ですが、シュタイナー公は、単に厚意から私を育ててくれたわけでは無いのです。将来的に、自分の手駒とするため……。私はいずれ、シュタイナー公の決めた有力貴族の令嬢を妻に娶ることとなるでしょう」
シャーリィはハッとする。
「……政略結婚?」
「ええ。私が姫様付きの騎士となったのも、シュタイナー公の差し金です。姫様付きの騎士を務めた……つまり姫様の覚えめでたき男ともなれば、経歴に箔がつき、より有利な縁談が結べますからね」
「そんな……」
「……もっとも、私はおとなしく運命に流される気は、ありませんがね」
言ってアーベントは、不敵に笑んでみせる。
「恩だ何だと言われようと、私の意思とは関係の無いところで勝手に決められた運命になど、従う気はありません。いざとなったら、全てを捨てる覚悟はできていますし、全てを捨てても生きていける自信はあります。貴族の身分も、シュタイナー家の保護も、騎士の地位も、全てを捨て、この身一つになっても生きていけるよう、私は今日まで剣の腕を磨いてきたのですから」
「強いのね、あなたは」
「そうでしょうか?運命から逃げずに戦ってこられた姫様の方が、よほどお強いと存じますが」
シャーリィはその言葉に首を振った。
「違うわ。私は今まで運命と戦ってきたわけではないの。ただ運命に流され、その中でもがいてきただけなのよ」
「……ならば、逃げてしまいますか?私と一緒に、運命から」
その言葉に、シャーリィは一瞬、呼吸を止めた。