愛され聖女は片恋を厭う(宝玉九姫の生存遊戯1)
リヒトシュライフェの王都フォルモントには、王立の芸術院をはじめ、数多くの芸術家養成施設や工房が存在している。
そのため、都民は皆、芸術に理解を示し、また興味を持ってもいる。
優れた芸術家の情報は、瞬く間に都中に広まり、人々はその作品について、芸術論議に花を咲かせる。
だから、王立芸術院を伝説的な成績で卒業し、今も、王子でありながら大陸で五本の指に入る吟遊詩人と謳われるレグルスのことを、知らぬ者がいるはずがないのだ。
「それにしても、冷たいですわね、レグルス様。都民に気づかれなければ、そのまま王宮を素通りして、行ってしまわれるおつもりでしたの?」
「う~ん。君やウィレスだけに、こっそり会って帰るならともかく……苦手なんだよなぁ。歓迎式典とか、パーティーとか、そういうの」
「あら。この間、ラティエラの王城で開かれたパーティーに、何食わぬ顔で吟遊詩人として出席されたと伺ってますけど?」
「いや、ほら、それは王子としてじゃなく、あくまで吟遊詩人としてだから。堅苦しい礼儀作法とか、偉い方々への挨拶回りとかもしなくて良かったし」
「お前は、いつまでそうやって、ふらふらしている気なのだ、レグルス」
いつの間に来ていたのか、ウィレスが後ろからレグルスの襟首を掴み、引っ張った。
「おお、ウィレス!久しぶり!相変わらずのもさもさ頭だなぁ。たまには切ればいいのに」
「人のことが言えた格好か。来い。少しはまともな格好に着替えろ。お前のような不審人物が内殿をうろついていたのでは、衛兵達の迷惑だ」
「えぇ~?麗しのシャーリィ姫と久々に会えたっていうのに、もうお別れしなきゃいけないって言うのか?せめてもう少し……」
「……同じことを二度言わせたいのか?」
ウィレスの脅すような低い声に、レグルスは途端にしおらしくなる。
お調子者で始終ふざけてばかりの彼も、唯一ウィレスにだけは逆らえない。上の兄弟のいない彼にとって、一つ年上のウィレスは、初めてできた兄的存在でもあるのだ。
「……はい。すみません」
「最初から素直に謝っておけば良いものを。……すまないな、シャーリィ。迷惑をかけた」
「いいえ。楽しかったわ。お着替えがお済みになられたら、またお話しましょう、レグルス様」
シャーリィの声に、レグルスはウィレスに引きずられるようにして歩きながら、ひらひらと手を振ってみせた。