愛され聖女は片恋を厭う(宝玉九姫の生存遊戯1)

「それは……私を選ばない、ということですか?」
 感情の読めない低い声。シャーリィはゆるく首を振る。
「あなたのことは好きよ。でもそれはきっとまだ、恋と呼んでいいかどうか、分からないくらいに淡い想いだわ。……そんな想いのために、誰かを犠牲にしたくはない」

 それは、あれからずっと己の心に問い続け、やっと出した答えだった。
 アーベントに抱きしめられ、どきどきした。愛を告げられ、(うれ)しかった。それは本当のことだ。

 アーベントが、かつてのフローリアンのようにシャーリィの元から去ったなら、シャーリィはきっと泣くだろう。
 だが誰かの恋を――セラフィニエの恋を犠牲にしてまで想いを実らせたいというほど、強い想いを抱いているわけではない。

「もしかしたら、この想いはいずれ、何もかもを捨てても(かま)わないと思うほどに、強く大きく育つのかもしれない。でも、本当にそうなるかどうかは分からない。だから、それまで待っていてなんて言わないわ」

 恋心は自分自身にもコントロールのできない、難しいもの。シャーリィには、アーベントを必ず愛せるという自信が無かった。

 こんなあやふやな想いのために他人の恋を犠牲にすれば、シャーリィはきっと罪悪感に(さいな)まれ続ける。きっと己の選択を悔やみ続ける。
 ……それに気づいてしまえば、もうその道を選ぶことができなくなってしまった。……たとえこの選択で、アーベントの愛を失ってしまうことになるとしても……。

「……もしあなたが、本当に私を想ってくださるようになったとしても……私がシュタイナー家を捨てれば、恋は実りませんよ」
「そうね。でも、たとえ私達の身分がつり合わなくなったとしても、方法はあるはずよ。第一、王女が一般庶民と結婚してはいけないという法は無いんだもの」

「宝玉姫のままで、幸せになれると思っていらっしゃるのですか?竜神の力を宿した宝玉のもたらす運命に、勝てると思っていらっしゃるのですか?」
 アーベントは感情の読めない顔で、シャーリィの迷いや不安を(あお)ってくる。

 シャーリィは揺らぎそうになる心を必死に(おさ)え、強気に答えを返す。
「勝てるかどうかなんて、分からないわ。でも『勝てない』と思いながら戦うつもりは無いの。お母様は私に『運命は変えられる』と(おっしゃ)ったわ。私はそれに賭けてみたいの」

 アーベントはしばらく、恐いほどに真剣な目でシャーリィを見つめていた。が、ふっとその顔が、苦笑するように(ゆる)む。
「……まあ、何はともあれ、あなたが私を本気で好きになって下さらなければ、何も始まらないという話ですね」

 てっきりこれでもう、この恋が終わると思っていたシャーリィは、思わぬ返しにうろたえる。
「え?……ええ。まぁ、そうね」

「ならば、一日でも早くその日が(めぐ)ってくるよう今まで以上に努力致しましょう。……後悔なさっても知りませんよ」
 挑戦的な目で微笑まれ、シャーリィはただ赤面しながら目を()らした。
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