愛され聖女は片恋を厭う(宝玉九姫の生存遊戯1)
アーベントは一瞬、きつく目を閉じ、硬い声で告げる。
「……このような場所に公爵令嬢がいらしては、危険です。早く会場へお戻り下さい」
「アービィ。もう以前のように、私と話してはくれないの?」
柔らかい声で呼ばれる、かつての愛称。アーベントはセラフィニエから目を逸らす。
「……そうです。私はもう、公爵家の居候ではありませんから」
「あなたはいつか、血のつながりなどなくても、あなたと私は兄妹同然だと言ってくれたでしょう?それも、もう無効なの?」
「そうです。あの言葉は……もうお忘れ下さい」
顔も見ぬまま告げられる言葉に、セラフィニエはそっと目を伏せた。
「そうですか。分かりました。残念ですが、あなたが選んだ道ですものね。あなたはもう、私の兄ではなく、シャーリィ姫の騎士なのですね」
先ほどまでの親しげな話し方とはまるで異なる、丁寧な言葉遣い。
己でそう仕向けたにも関わらず、アーベントは胸の痛みに唇を噛みしめた。
「さようなら、アービィ……いいえ、アーベント」
静かに告げ、セラフィニエはアーベントに背を向けた。
アーベントは黙ったまま、その背を見えなくなるまで見送る。
やがて、意識しないままに、その唇から言葉が零れた。
それは、何かを耐えるような、苦しげな囁きだった。
「……さよならじゃない、セラ。俺は……」