愛され聖女は片恋を厭う(宝玉九姫の生存遊戯1)
16 仮面の貴公子
『大丈夫。絶対、お前だって分からないって。と言うか、俺だって驚いてるんだぜ?お前って、実は、すごい美形だったんだなー』
つい数分前にかけられた言葉が、彼の頭の中をぐるぐると回る。
だが、まだ会場にまで入る度胸は出ず、彼は廊下をうろうろとさまよっていた。
先ほどから、すれ違う貴婦人達が皆、彼に熱い視線を注いでいく。中にはそのまま遠巻きに、じっと彼を眺め続けている女性もいる。
それが、余計に彼を落ち着かない気分にさせていた。自分が何か、ひどく奇異な姿をしているのではないかと。
「おや?見慣れぬ御仁だが、何か困ってらっしゃるのかな?」
ふいに声を掛けられ、彼はびくりと振り返った。
そこに立っていたのは、舞台役者のような派手な扮装に仮面をつけた、銀髪碧眼の男。
「いえ……特に、困ってなどおりませんが……」
顔を隠そうとでもするように視線を落とした彼の目に、男の指が映る。
そこには、ひどく見覚えのある指輪があった。
男の瞳の色に合わせた、サファイアの指輪。
それは、国王がいつも肌身離さず身に着けている、誕生日に妻から贈られた指輪だった。
(……まさか、父上?)
彼は思わず顔を上げ、まじまじと男の顔を見つめた。
「会場には入らないのかい?先ほどから、ずっとここを行ったり来たりしているようだが」
「あ、いえ……その……やはり出席するのは、やめようかと……」
「やめる?何故?そこの御婦人方も、先ほどから君と踊りたそうに、こちらを見つめているのに?」