愛され聖女は片恋を厭う(宝玉九姫の生存遊戯1)

 せめて、行きずりの男として想いを告げるだけで満足なはずだった。
 そして、自分がそれだけで我慢できると信じてもいた。

 だが、今まで想いを(おさ)えるため、極力触れぬようにしてきたその身に、一度でも触れてしまえば最後だった。

 衝動はたやすく理性を突き破り、気づけばウィレスは行動を起こしていた。
 そして、理性を取り戻した今も(なお)、身体の奥底ではシャーリィに触れたいという想いが暴れている。

 それをかろうじて押し止めているのは、シャーリィが『兄』に寄せる信頼を裏切りたくないという、一心のみ。

 衝動と理性の葛藤の果てに、ついにウィレスの指が動いた。
 だが、その手が伸ばされた先は、(あご)でも頬でも髪でもなく、絹の長手袋に包まれたシャーリィの華奢(きゃしゃ)な指先だった。

「あ……っ」
 手の甲に押し当てられた熱い唇に、シャーリィの唇から思わず驚きの声が()れる。

 それは、騎士や他の男達からも受けたことのある、挨拶(あいさつ)同然の……『触れ合い』とすら呼べぬような、間接的な接触。

 だが、このくちづけは、今まで受けてきたそれらとは、あまりにも違い過ぎていた。

 (すが)るように(にぎ)られた指の先。祈るように目を閉じた男の顔。薄い絹地越しに伝わる熱は、どこか哀しいほどに熱く、シャーリィの胸を切なく震わせた。

 そのくちづけに想いの全てを込め、ウィレスは今度こそ完全にシャーリィから身を離した。

 泣きそうにも見える哀しい目でシャーリィを見つめ、そのまま物も言わずに身を(ひるがえ)す。
 一度も振り返らず宮殿へ走り去って行く後ろ姿を、シャーリィはただ呆然と見送った。

 つい先刻までウィレスにつかまれていた手を、宙に差し伸べたまま……。

 絹の手袋越しに彼の唇が触れていった手の甲は、まるで火傷(やけど)をしそうなほどに熱く思えた。
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