愛され聖女は片恋を厭う(宝玉九姫の生存遊戯1)

 シャーリィの母イーリスもまた、かつては光の宝玉姫だった。

 リヒトシュライフェ七公爵家の一つ、シュピーゲル公爵家の令嬢として生まれた彼女は、王家に女子が生まれなかったため、光の宝玉姫に選定され、王宮に上がった。
 そして当時王太子であったシャーリィの父ルーカスに見初(みそ)められ、求婚を受ける。

 イーリスは初め、自分には他に想う相手がいると、その求婚を断った。だがルーカスは(あきら)めきれず、強引な求婚を続けた。
 いかに公爵家と言えど王家の圧力には()え切れず、イーリスは思い()めるあまり、高熱を発する病にかかり、しばらく王宮を(はな)れることになった。

 そして一ヶ月にもわたる実家での療養(りょうよう)を終え、再び王宮に戻ってきた時には、別人のような(・・・・・・)態度でルーカスの求婚を受け入れたと言う。
 そして彼女の想い人だったとされる青年もまた、彼女とは別の女性を妻に迎え、二人の恋は終わったかに見えた。
 
 その後イーリスは、表面上は(おだ)やかに、幸せそうに過ごしていたという。
 だが、第二子の出産を(ひか)え、田舎の離宮へ静養に訪れた彼女は、そこで再会してしまったのだ。
 かつての想い人と、その妻の座に収まった、自分の双子の(・・・)妹に。
 
 彼らは、両家の親に結婚を反対され、未だ正式な婚姻も認められていないような状態だった。
 勘当(かんどう)同然に家を出され、庶民に混じって必死に働く貧しい日々の中、初めての子を(さず)かるも出産費用もままならず、(すが)るような想いで姉を(たよ)って来た――そのことを宮廷人たちは、まるで見てきたかのように語る。

 だが、そこで一体何があったのか、(くわ)しく語る者はいない。
 そこから先のことは、当人たち以外は誰も知らないのだ。

 だが、王女を出産してしばらくしてから、イーリスは病がちになり、たびたび体調を(くず)して寝込むようになった。
 そして高熱にうなされるたびに、彼女は口にするのだ。意味不明のうわごとと、かつての想い人への謝罪、そして国王に許しを()う言葉を……。

 それが、シャーリィの知る母の過去。どんなに耳をふさいでも聞こえてきてしまう、先代光の宝玉姫の悲恋の物語だ。
 
「王女ともあろう者が、噂話などに(まど)わされてどうする。噂は噂。真実とは違う(・・・・・・)。お前は、自分の見たものだけを信じていけば良いのだ」
「でも……」
「心配せずとも、母上はちゃんと、父上のことを愛しておられる。お前だって知っているだろう?」
「ええ……」
 シャーリィは曖昧(あいまい)(うなず)いた。

 母は、確かに父のことを想っている。それは、何気(なにげ)ない会話の端々(はしばし)からも感じ取れることだった。
 だが、シャーリィは聞いてしまったのだ。侍医がこっそり大臣に()らしていた一言を。
『王妃様のお心は、深い負の感情に囚われておいでなのです……』
 
 数ヶ月前、母の見舞いに向かう途中偶然(ぐうぜん)に聞いてしまった会話。それが彼女の脳裏(のうり)から離れない。

(数えきれないほどの愛と称賛を(ささ)げられ……けれど、決して一番好きな人のものにはなれない。いいえ、むしろ数えきれないほどの愛が、本当に欲しい、ただ一つの愛の邪魔をする。なぜ私は、そんな運命を生きなければならないの)

 それは幾度(いくど)となく繰り返された、答えを返す者のない問いかけ。
 けれど、彼女はその答えを知っている。それは、王女に生まれてしまったことの不運。

 王家に娘が生まれたならば、その娘は宝玉姫にならねばならない。
 他に資格のある娘がいたとしても、王家の娘が誰よりも優先される。
 そしてシャーリィは現在、この国唯一の王女だった。

 王の娘として生まれたがゆえに、彼女は責務を背負わされる。己の人生を犠牲(ぎせい)にしてでも宝玉を、そして王国を守る義務を。

 自ら望んで王の娘に生まれたわけではないのに、それでも運命は彼女を逃してはくれない。
 そしてその運命は、やがて生まれ来る次代の宝玉姫に宝玉を(ゆず)り渡すその日まで、決して終わりはしないのだ。
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