ずれと歪み

音楽の先生②

音楽の先生は40代の女性だった。

髪はショートカットでややぽっちゃりした体格だった。

性格は真面目で熱心だった。

廊下ですれ違えば毎回立ち止まって挨拶と何か一言言った。

朝ご飯は食べたの?寝ぐせがついてるわよ?次の授業は何?宿題はやってきた?提出物は間に合ってる?等々。

今思えば学生時代の数少ないうちの思い出になるのだろうか。

僕は一年生と二年生の時に音楽の追試を受けた。

理由は簡単だ。

勉強をしなかったからだ。

歌う時だって自慢じゃないが口パクだった。

先生は一人一人の声を聞くために僕たちの前を歩いていたが僕の前に立ち止まると僕の口元に耳を寄せ、ん?と言った。

歌の初めから終わりまで立ち止まっていたときもあれば、僕のところに最後に来て歌が終わるまで立ち止まっていたこともあった。

なんてお節介なおばさんなんだと僕は口パクで歌い続けた。

三年生に進学した4月、僕のところにやってきた。

「大学を受験するの?どうして言ってくれなかったの?」

担任の先生から聞いたようだ。

おかげで三年生の時は追試がなかった。

追試の勉強は大変だった。

音楽室でマンツーマンだったのだ。

他の人とは異なった授業を受け、放課後も音楽の勉強をした。

勉強と言ってももちろん筆記だ。

この有名な作曲家の名前は?

この記号が意味していることは?

元々暗記が苦手な僕はこういった問題が苦手なのだ。

先生も僕のために随分と時間を費やした。

音楽の追試を受けた生徒は10年ぶりとのことだった。

音楽室は防音設備ということもあり、周りの音もほとんど聞こえなかった。

心臓の音や血が全身を流れる音が聞こえるんじゃないかというくらい静寂だった。

ある日の夏休み、僕は先生から学校に呼び出された。
< 2 / 6 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop