はじまりは雨のなか
前に紗希から『その親切にしてくれた人にお礼したいならすればいいのに。だってその人が乗ってた車って那恵木市役所のものだったんでしょう。勤め先が分かってるなら連絡できるでしょう』。そう言われて実は私はあの大雨の後、市役所にお礼のメールを送っていた。
でも、それは一方通行のものだった。
それでいいと思っていた。
それはあの日あの人に牽かれてしまったから。もし、次に会ってしまったらこのあやふやな気持ちが加速してしまうのではないかと怖れていたのかもしれない。
そう…だよね…。彼女さんかな…。
すごく親しそうだった…。
私は会ってお礼をしたいと思いながら、必死に探さなかった理由を思い出す。
もし、あの人が結婚していたら、と想像して止めたのだ。
見つけたところであの人が他の女の人と一緒にいるところを見たくなかったんだ。
同期での飲み会をそれなりに楽しみにしていたはずなのに、全然楽しむ気分ではなくなってしまった。
隣の席にいる萩原くんが話しかけてきても適当な返事しか出来なかった。
「今年は異動で大変だったんだから、たくさん飲めよ」
と言って、お酒を薦められるままいつもより多く飲んでしまった。
紗希が時々心配そうにして話しかけてきたけれど、さっき見た光景を忘れたくてたいして飲めないくせにお酒を飲み続けた。
「真由、もうお酒はその辺でやめなさいよ」
「分かってるけど、お酒美味しいし、飲みたい気分なんだもん。いいでしょ」
「同期で集まって飲むの久しぶりだから忘れてたけど、相川さんはお酒好きだったけ?」
「いやいや、嫌いじゃないと思うけど、萩原くん飲ませすぎだよ」
途中、紗希が萩原くんを牽制していたが、酔って眠気に襲われてきたので「うん。好きだよ」と適当な返事をする。