はじまりは雨のなか
「さぁ、乗って。家まで送るよ」
「あの…大丈夫なんでしょうか」
「何が?」
「お仕事の途中なんじゃないですか?」
「あぁ、大丈夫だよ。怪我人をこんなところに放置はできないでしょ。家はどこかな?」
「家は桜町4丁目です。」
もし、雨が降っていなくて次のバスまでの時間を考えるなら、普段は歩いて帰るところだけど、足を捻ってしまったし、正直歩くのはきつい。
そもそも夜で雨が降っていたからバスに乗ろうとしていたところだったので、非常に助かるけれど…
「本当にいいんでしょうか?この車は市役所って書いてあって…職員でもない人を乗せるなんてまずいんじゃ…」
「ここは今冠水がひどいってことで自分が担当してる現場なんだ。だから、そこで怪我人が出たということはこちらとしてもあまり良いことではないし、困ってる人を助けるのにダメな理由はないでしょ。さぁ、行くよ」
そう言うと着ていた雨具を後部座席の方に放った。
「ありがとうございます」
と素直に、すんなりと口から感謝の言葉が出てきた。
「ところで家の近くに目印になりそうな建物とかある?後、家に湿布とか鎮痛剤はある?」
「鎮痛剤は持ってますけど、湿布はないですね。やはり湿布とかって貼った方がいいですかね…」
目印になりそうなお店を告げ、次に急に足が悪化してしまうのでは、と心配になる。
隣にいる人は雨が降る中、車を私の家の方向に向かって走らせる。
ふと不思議な感じがして質問してしまう。
「目印のお店で道が分かってしまうんですか?」
「市内の道は仕事でよく走っているから、だいたいは分かるよ。だから、道案内は家の近くになったらで大丈夫だよ」
暗い車内だけど、ふと見えた隣の人の笑顔にドキッとしてしまった。
足が痛いより心臓が痛いみたいな気持ちになる。
窓の外はひどい雨で、窓ガラスに付いた水滴で対向車や信号機の色が反射している。
しばらく走っていると車がお店の駐車場に停車する。
「ちょっと待ってて」
「はい」と答えると、車から降りて行ってしまった。