はじまりは雨のなか
一人車の中で待っていると、どんどん足の痛みがひどくなってる気がしてきた。
痛みで眉間に皺がよってくる。
「お待たせ。はい、これ」
彼が渡してくれた袋の中を見ると、そこには湿布が一箱入っていた。
「あの…これ」
「湿布ないって言ってたから、家に帰ってシャワーの後にでも貼るといいよ」
「シャワーの後?」
「もしかしてお風呂派?でも、今日は足を痛めたばかりだから、あまり温めない方が良いと思うよ。お風呂は我慢してシャワーにした方がいい」
初めて会話する私に対して、真面目な顔で話してくれる。
人から心配されることが久しぶりだった私は照れくさくなってしまう。
きっと顔が赤くなっているだろうと俯きぎみに手を出して袋を受け取る。
「すみません、お代は?」
「いいよ」
「でも…」
「困った時はお互い様だし。それとあそこの現場で怪我人が出たっていうのも申し訳なくてね。もっと早くに直しておければ良かったんだけど、なかなか時間も予算も取れなくて後回しにしてたこともあるからさ。だから口止め料ってことで素直にもらってくれると助かる」
と不敵な笑みで語られることに頷いて
「ありがとうございます。正直、痛くなっても対処出来るかなって困ってました。助かります」
沈黙が嫌で別の話題を振ってみた。
「そういえば、先週もあそこにいましたよね?なんだか男の人が怒鳴っていた時」
「あっ?あぁ…。あれ、見てたんだ?」
「よくあるんですか?」
「えっ?」
「怒鳴られたりするの?怒鳴られたりすると気が滅入るっていうか…悲しくなりません?」
「悲しく…ね…。慣れたところもあるし、相手も言いたいことたくさんあるんだろうけど、こちらもどうにも出来ないことあるし、その場に応じて対応するだけだな。悲しくなるなんて、実体験でもしたの?」
「今年度異動して…新しい職場はクレームばかりで…嫌な思いばかりでストレス溜まりまくりなんです」
「そうか。慣れるものでも慣れきても嫌な思いは残ったりするけど、一生懸命対応していたら相手にも伝わると思うよ。今は頑張るしかない時期なのかもしれないし、腐ってても良い結果は得られない、って自分によく言い聞かせていたよ」
運転中なのに、初めて会ったばかりなのに真剣に答えてくれる彼の横顔にドキドキした。