しらすの彼
 初めてあの人を見たのは、同じかごに手をだして譲ってくれた時。やっぱりその時もにこにことしていて、その笑顔がとても素敵だった。次に見た時には、お年寄りの荷物を持って車まで運んでいた。いい人なんだなあ、とそれからなんとなく目に入るようになっていたんだ。

 さっきの出来事を思い出して、またふふ、と笑う。
 二人でいたら、夫婦に見えるんだ。おかあちゃん、だって。

  短大を出て就職したばかりの私は、まだ二十歳。初めての一人暮らしを満喫しつつも、慣れない仕事と生活に四苦八苦しているところだ。
 そんな中で彼は、一服の心の清涼剤だった。別に、つき合いたいとか大それたことを考えていたわけじゃない。たまに見かけて、彼の笑顔を見てちょっと嬉しくなって。アイドルに憧れてる気分を味わっていたの。

 でも、しらす5パックだもんね。一人暮らしの量じゃないなあ。夕飯のおかずかな。きっと家に帰れば、いいパパなんだろう。

 あー、残念。
 お行儀悪くしらすのパックを振りながら、私はのんびりとアパートへの道を歩いていった。 
 
   ☆
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