しらすの彼
 私は、図書室に鍵をかけて職員室へと向かう。

「浅木先生、お疲れ様でした」
 鍵を保管箱に戻していると、低い声がして、ぽん、と肩に手を置かれた。

 う。できれば顔を合わせずに帰りたかった。

 振り返らなくてもわかる。そこにいるのは、背の高い眼鏡をかけた若い男の先生。産休代理で2年生の担任をしている小野先生だ。
 私は気づかれないようにため息をつくと、振り返った。

「お疲れ様です、小野先生」
 さりげなく手をはずして、そつのない答えを返す。小野先生は、席へ戻ろうとする私のあとをついてきて言った。

「浅木先生はもうお帰りですか?」
「はい」
 私の仕事は、小学校の司書だ。教諭とは違うので、図書室が閉まったら仕事は終わり。

「私ももう終わりなんです。どうですか、帰りに食事でも」
「いえ、私は」
「いいじゃないですか。美味いレストランがあるんです」
「今日はちょっと用事が」
「では、明日はどうです?」
「あの……」
「あ、小野先生」
 じりじりと追いつめられていると、向こうから教頭先生が小野先生を呼んだ。
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