夢見るだけじゃ終われない 〜恋と令嬢とカクテルと〜
風向きが変わったのは3年前。
経理と秘書を兼務していたしっかりものの母がクモ膜下出血で亡くなってからだ。
お人好しの父は周囲に言われるまま投資に手を出し失敗したらしい。
借金を抱え倒産の危機だったところに救いの手を差し伸べたのが犬飼重行。
彼は数年前のパーティーで姉を見ていたらしく、結婚を条件に『宝生フーズ』への資金援助や食材買入れ契約を打診してきた。
「そんなの絶対に駄目! だってお姉ちゃんには健二さんがいるじゃない!」
姉の紫には高校時代から付き合っている健二という恋人がいる。
2人はとても仲良しで、姉が不動産会社の社長秘書、健二さんが総合商社の営業と忙しくなっても変わらず愛を育んできた。
姉は母が亡くなった直後に会社を退職し、『宝生フーズ』で秘書として父をサポートしてくれている。
健二さんは次男で自由な身であるため養子になることも了承済みで、そろそろ姉と結婚して『宝生フーズ』に転職するという話も出ていたところだったのだ。
「紫にも健二くんにも本当に申し訳ないと思っている。だが社員を路頭に迷わせるわけにはいかないんだ」
もう一度深く頭を下げる父に、姉はゆっくり頷いてみせる。