竜王太子の生贄花嫁を拝命しましたが、殿下がなぜか溺愛モードです!?~一年後に離縁って言ったじゃないですか!~
 こんな恐ろしい噂のせいで、いくらルードヴィヒが歴代の王太子たちよりずば抜けてかっこよくとも、自ら妻になりたがる者などひとりもいなかった。
「貴族の娘から正妃を輩出するのは、最初に嫁いだ王女様以来実に二百年ぶりのことだ! エルナはきっと、手厚く歓迎してもらえるに違いない」
 体を後ろに反らしながら、はっはっはと大きな声で父が笑っている。エルナには笑い声が不愉快な雑音に聞こえ、おもわず耳を塞ぎたくなる。
(もう二十歳になるというのに、お父様が一向に結婚の話をしてこないのはおかしいと思ってた。邪魔な私を早くどこかへ嫁がせて追い出したかったでしょうに。でも、やっと理解できたわ。……ずっと待っていたのね。この時を)
 ヘンデルでは加護の有無は身分に影響しない。それでも、貴族の家系に加護を持つ者が圧倒的に多かった。しかし身分の高い令嬢を生贄にするわけにもいかないため、そこまで身分の高くない加護持ちの娘が正妃として差し出されていた。その代わり妻となる娘を輩出した家には、シェーンベルグとの約束を守る架け橋になってくれたお礼に、報酬と領地が与えられる仕組みになっている。
アーレント伯爵家には、既にじゅうぶんな財産と領地がある。本来ならエルナが選ばれるなんてありえない話なのだ。
(必要ない私を追い出せて、ついでに報酬をもらえる。こんなおいしい話ないわ。お父様の機嫌がよかったのも頷ける)
 想像していたのよりも何倍、嫌な話だったけど……と、エルナは思った。
「羨ましいわお姉様! あのルードヴィヒ様とご結婚なさるなんてっ!」
〝あの〟の部分を強調し、アリーシャは明らかな嫌味をエルナに声高らかにぶつけた。アリーシャも、ルードヴィヒにろくな噂がないことは知っている。
「あ、結婚といえば――私も先日、ヨハン様の婚約者になったの。お姉様にはまだ言ってなかったわよね?」
「……ヨハンと?」
 アリーシャの婚約者であるヨハン・ブルーツは、公爵家の嫡男であり、エルナの幼馴染だ。屋敷で虐げられるようになってからも、ヨハンだけは昔と変わらず接してくれた。母親のいなくなったエルナにとって、ヨハンは身近にいる唯一の心の拠り所だった。アリーシャはエルナのそんな思いを知りながら、あえてこの場でヨハンとの婚約話をエルナに告げたのだろう。
「ええ。お互い幸せになりましょうね? お姉様」
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