竜王太子の生贄花嫁を拝命しましたが、殿下がなぜか溺愛モードです!?~一年後に離縁って言ったじゃないですか!~
 アリーシャは顔の横で両手を合わせ、エルナににっこりと微笑みかける。
お互い幸せになんて、夢物語にもほどがある。エルナはなんとか表情筋を動かせて、ぎこちない笑みを返した。
「いいかエルナ。よく聞け」
 これまで上機嫌に喋っていた父が、急に真剣な眼差しをエルナに向けた。部屋の中は一気に緊張感が増し、自然とその場にいる全員の背筋がピンと伸びる。
「絶対に向こうで粗相をするでないぞ。離縁なんてことになればどうなるか……うちに不利益になることをした時点で、お前とは即縁を切らせてもらう。そうなれば、帰ってくる場所などないと思え」
 言い終えると、じっとエルナを睨みつける。エルナはごくりと生唾を飲み込むと、いつもの柔らかい笑顔を浮かべてこう言った。
「……はい。わかりました」
 それはエルナがすべてを諦め、そして受け入れた瞬間だった。
『シェーンベルグになんて嫁ぎたくない』と言っても無駄なことは、エルナ本人がいちばんわかっていた。
ずっとそうだ。エルナが『嫌だ』と言ったことを、父親が聞いてくれた試しがない。エルナはすっかり、拒否をする行為自体を諦める癖がついてしまっていた。
「聞き分けの言い娘で安心したぞ。シェーンベルグへ発つのは三日後だ。今から準備をしておきなさい。……話は以上だ」
(三日後……ずいぶん早いのね)
 話も急なら展開も急だ。エルナは無言で頷くと、用意されたお茶とお菓子に一度も口をつけないままその場を去っていった。
 
シェーンベルグへ嫁ぐまでの三日間、エルナは大忙しだった。
今まで自分ひとりでやっていた入浴や髪の手入れは、メイド数人がかりに変更され、念入りに体を洗われた。嫁入り前に、身なりを綺麗に整えるためだろう。
 最近まで櫛が引っかかっていた、長く紫がかった白い髪も、メイドの渾身のトリートメントのおかげでサラサラになった。指がすぅっと通る自分のロングヘアーに、エルナはちょっぴり感動した。
 普段着させてもらえなかった高価な服をいくつも用意され、荷物の中に詰め込まれていく。その中の一着を身にまとい、エルナは屋敷の庭園へと足を運んだ。
「うわぁ……とってもいい天気」
 青い空を見上げ、太陽の眩しさにエルナは目を細めた。
 ――エルナは明日、ヘンデルを発つ。エルナが〝生贄〟に選ばれたということは、既に国中の噂になっていた。
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