親にも妹にも婚約者にも夫にも恵まれなかった私ですが、公爵家令息に溺愛されて幸せになるようですよ?


 侯爵家本邸にたどり着いた私を迎えてくれたのは、祖父母でした。
 彼らは急な事態に大変驚いた後、もの凄く憤慨してくれました。

「ああ、キャリーすまない。彼がそんな人物だったなんて見抜けなかった……」
「いいのよ、お祖父様。それより、折角祝ってくれたのに、ごめんなさい」
「キャリーが気にすることじゃないわ! こんな時にまで私達に気を使わなくていいのよ」

 しっかりと抱きしめてくれる二人に、目頭が熱くなるのを感じながら、私は問いかけます。

「ねえ、チルチルは?」
「……」
「……」
「お祖父様、お祖母様」

 二人は顔を見合わせた後、侍女に命じて、私をチルチルのところに案内するよう促します。

 そうして辿り着いたのは、使用人部屋ではなく、夜会の会場としても使うことのある大広間でした。
 なんだか騒いでいるふうな声が聞こえますし、お酒の匂いがします……。

「旦那様も太っ腹だよなー、この会場を貸してくれるなんて」
「いや本当、使用人思いの良い主人だよ。ありがたい限りだぜ」
「このワインも差し入れてくれたんですよ、私達では手が出ないワインですよ」
「どうりでそのワインの近くから離れないと思った」
「ソムリエがワイン一人占めしてるんだけどぉー!」

 な、何なのかしら。
 使用人だけで、私の結婚祝いでもしているの?
 ここに本当に、チルチルがいるのかしら。

 そう思っている私の耳に、ある会話が飛び込んできます。

「チェレスティーロ、飲め飲め」
「なんだよ、結局何も言わずに振られるなんて、情けねーなぁ」
「小さい頃からなんだろ? もっと攻めてもよかったんじゃねーの」
「うっせーな、もう勘弁しろ」

 扉越しに聞こえた声に、私はなんだか早る気持ちを抑えられなくて、扉を思い切り開けてしまいました。

 音を立てて開いた扉に、そこに立っている、いるはずのない私に、大広間の皆の視線が突き刺さります。

 その会場には垂れ幕がしてあって、『失恋記念パーティー』と書いてありました。

 その垂れ幕の一番近くのテーブルに、青い髪の私の従者が突っ伏しているのが見えます。

「……あれ。お嬢?」

 お酒に酔って真っ赤な顔をしたチェレスティーロが、ぼんやりした目で私を見ながら首を傾げています。 

 私はすたすたとその近くまで寄っていき、隣の椅子に座りました。

 周りの使用人達もどんちゃん騒ぎを止めて、私達の様子を息を呑んで見守っています。

「……お嬢……あー、ごめん違ったね。若奥様、どうしてここにいるの?」
「……」
「旦那は?」
「振られたの」
「へ?」
「男色家なんですって。私を愛することはないそうよ」

 みるみるうちにチェレスティーロの目が見開かれて、その後困ったような顔をして、水を一杯飲み干しました。

「なんか、俺酔ってるのかも。若奥様が変なこと言ってる」
「だから、振られたの。結婚は無効よ」
「俺、夢みてんのかな」
「どうして近くにいてくれなかったの」
「……お嬢」
「なんで自分だけ楽しく飲んでるの? 私だって飲みたい気分なんだから、ちゃんと傍にいて、私もここに連れてきてくれないと困るでしょ!」

 肩を怒らせて怒っている私に、チェレスティーロは目を瞬くばかりで動きません。
 その反応にさらに苛立った私は、空のグラスを手に取り、周りの使用人達に向かって叫びました。


「お酒持ってきて! 今日は飲むわよ!」


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