交際0日、冷徹御曹司に娶られて溺愛懐妊しました
身代わり花嫁の憂鬱
窮地に立たされるとは、こういうことを言うのだろう。
常夏の楽園ハワイで、伏見茉莉花は二十七年間の人生至上初めてそんな状況に陥っていた。
「キミ、新婦役をやってくれるよね?」
ボウタイとポケットチーフをブラックで引きしめた、光沢のあるホワイトのタキシードに身を包んだ新郎、観月吉鷹が命ずる。控室は緊迫した空気が立ち込めていた。
静かな湖面のように深い色をした切れ長の目は拒絶を許さない強さを秘め、高く通った鼻筋に続く唇が、わずかに笑みをたたえる。先ほど茉莉花がスタイリングをした黒髪はサイドを整髪料で固めてすっきりまとめ、類まれなる端整な彼の容姿をいっそう麗しくしていた。
〝まさか、やらないなんて言わないだろう。言うわけがない〟というニュアンスをひしひしと感じる。
「私が、ですか……?」
自分の耳を疑う。茉莉花は向かい合って立つ、すらっとした長身の吉鷹に自分の胸を指差して聞き返した。
< 1 / 293 >