砂糖漬け
「あ、えっと、はい!チャーリー・パーカーですね。ではこちらに」
ボクはCの棚からチャーリー・パーカーのCDを幾つか取り出し、
ベスト版を勧めてみた。
「これなんか色々入ってますからお得ですよ!」
彼女は少し戸惑っていたが、収録曲名を一通り眺めてから、
「じゃあ、これ下さい」と答えた。
カウンターに戻り、レジを打ちながら、
ボクは彼女とのきっかけを作る為に焦っていた。
会計を済ませたら彼女は帰ってしまう。
いつも新大久保で見かけますね?と言いたかったが、
彼女がボクに気づいてないことは容易に想像できた。
そんな状況で聞いても気味悪がられるだろう。
そんなことを考えて、ボクは
「JAZZお好きなんですか?」などとおかしな質問をしてしまった。
JAZZ専門店に来る客にいちいち、「JAZZお好きなんですか?」
なんて聞くはずがない。
寿司屋に行って、「寿司は好きですか?」と聞かれても困るだろう。
案の定、彼女は、この妙な問いかけをする店員に少し困惑していた。
すかさずボクは
「あ、いや、見かけないお客様だったので。
この店は常連さんばかりだし」とフォローしてみた。
すると彼女は、少し微笑んで
「いえ、知り合いに勧められて。JAZZなんてほとんど知らないし」
と答えてくれた。ボクはホッとした。
「そうですか。是非また来てくださいね」
「あ、はい。」
当たり障りのない挨拶を交わし、彼女は自動ドアの向こうへ消えた。
ボクは、自分の心臓の鼓動が外にも聞こえてしまいそうなことに気づいた。
バイトが終わるまでの残り2時間は、仕事が手に付かなかった。
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