砂糖漬け

第七話 シングルベッド

ボクのバイト先があるビルに着いた。
いつもより20分遅くなったが、ボクが開店準備をするので問題はなかった。
「仕事大丈夫ですか?遅刻じゃ」
とボクが言いかけた瞬間、
「あ!いけない!急がなきゃ!またね!」
と言って走り去ろうとしていた。
「また明日!いつものホームで!!」
ボクは大声で叫んだ。
彼女は振り返り、笑って手を振った。
一日終始笑顔で気持ち悪かった、と帰り際付けヒゲに言われたが、
気にしなかった。

それからボク達は新大久保のホームで会話し、新宿駅で別れ、
を繰り返した。
話していると波長が合うのか、会話が弾んだ。
毎朝2分ちょっとの会話じゃ物足りなかった。
夕食に誘い、新宿のパスタ屋で食事した。
それからは朝に加え、夜も同じ電車に乗るようになった。

アイには彼氏はいなかった。
いつもの夕食後、ボクが冗談で「アイさんちで酒でも飲みますか?」
と言ったら、
「うん?いいよ!」と快くOKが出た。
自分で言っておきながら予想外の返事に戸惑ったが、
ボク達はコンビニで酒とつまみを買い、彼女の部屋へ向かった。
酒代は全部ボクが出した。誘ったんだから当然のことだ。

彼女の部屋は6畳のワンルームで、カーテンは目が覚めるような強烈な赤だったが、
それ以外のインテリアは白を基調としたモノクロームでまとめてあった。
女の子らしいぬいぐるみやファニーな感じはどこにもなかった。

二人で乾杯し、彼女がBGMにチャーリー・パーカーをかけた。
小さなローテーブルいっぱいに酒とつまみを並べ、
シングルベッドに寄りかかりながら、とりとめもない会話を交わした。

22時30分過ぎ。
そろそろ帰らなきゃ行けなかった。でも帰りたくなかった。
ボクが壁に掛かった時計を気にしていると、彼女がボクの視線を遮るように視界に入り、
グッと顔を近づけた。
一瞬、彼女の顔が泣きそうな表情に見えたが、
ボクが何か言おうとした瞬間に、彼女の唇がボクの唇を塞いだ。

ボクは何が起きているのか把握できずにいたが、
ボクの首に絡むアイの細い腕をなぞり、アイを抱きしめた。

電気をつけたまま、ボクとアイは小さなシングルベッドで一つになった。
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