君が好きでたまらない!
「し、失礼いたします」
姉の指示通りコーヒーを持って、社長室のドアを開く。社長である父は私だと気づいていないようだ。
新さんの背後のドアから入室し、対面で座る彼らのテーブルに震える手でコーヒーを置いた。置いてしまった。
(こ、こぼせなかった……)
そもそもわざとこぼすなんて無理だったよ、お姉ちゃん。
心の中で姉に謝罪しながら、新さんに続いて父の目の前にもコーヒーを置き、小さく一礼したときだ。新さんとばっちり目が合った。思わずパッと目を逸らす。
(バレた!?)
そのまま「失礼いたしました」とか細く発言して退室しようと歩き出した瞬間、ガチャーン!と音がした。
振り向くと、コーヒーが零れ、新さんが倒れていた。
「だっ、大丈夫ですか?!」
「新君、大丈夫かい?!」
「社長?!」
私が駆け寄るのと同時に、父や秘書の森川さんも駆け寄る。しかし何事もなかったように新さんは立ち上がった。
「問題ない」
ええ?!問題ないの?!なぜ急に転んだの?!社長室にいる全員が疑問に思っていたが新さんはお構いなしに私に近づいてくる。
そしてサッと跪いた。
「失礼。靴にコーヒーをかけてしまいました」
そういうと優雅な仕草で私の靴をハンカチで拭った。
「えっ、申し訳ございません!」
今の私は父の芸能事務所のアルバイト(仮)。そんな下っ端が、取引先の社長に靴を拭かせてしまっただなんて大事だ。咄嗟に父が慌てて止めに入る。
「新君! そんなことしなくていいよ! 君、あっちで拭いておいで!」
「は、はい!」
「これを使って」
新さんは私にハンカチを差し出した。再び彼と目が合う。その瞳はいつも通りクールだけれど、どこか温かくて。私が『佳織』だと気付いていない彼が、見ず知らずの女性にそんな気遣いをみせることに、心がささくれ立つ。
「……ありがとう、ございます……」
どちらにせよ汚れてしまったハンカチを洗わなければと思い受け取る。父の指示で別の社員が入室しさっとコーヒーとカップを片付けていくのを横目で見ながら、私はそのまま退室した。
***
(なんでこうなった……)
その日の18時。私はウィッグにメイクを施した姿のままで、事務所近くのお洒落なイタリアンバルに団体で来ている。飲み会なんて久々だ。今日のお詫びにと父が夕食に誘った席に、私も同席することになってしまった。姉の画策に違いない! メイクも落とすどころかさらに濃くされちゃったし……!
父と姉をはじめとする事務所の幹部数名と私、そして新さんと秘書の森川さんが参加している。何故か新さんの横に配置されてしまった。私の今の設定は芸能事務所に入りたてのアルバイト。飲み会は馬車馬のように働く戦場だ。
「お酒足りていますか? サラダお取りしますね」
「気を使わなくていい。自分で取るから。君も好きなものを自分の分だけ取ればいい」
(新さん……)
胸がきゅーんとした。こういう気遣いのできるトップがいる会社だから、きっと上場できるんですよね。父も見習わせなければ。
「ありがとうございます……」
話題も何を振るべきか分からず、料理の味を味わう余裕もなく。
横にいる新さんをとにかくずっと意識してしまっていた。
姉の指示通りコーヒーを持って、社長室のドアを開く。社長である父は私だと気づいていないようだ。
新さんの背後のドアから入室し、対面で座る彼らのテーブルに震える手でコーヒーを置いた。置いてしまった。
(こ、こぼせなかった……)
そもそもわざとこぼすなんて無理だったよ、お姉ちゃん。
心の中で姉に謝罪しながら、新さんに続いて父の目の前にもコーヒーを置き、小さく一礼したときだ。新さんとばっちり目が合った。思わずパッと目を逸らす。
(バレた!?)
そのまま「失礼いたしました」とか細く発言して退室しようと歩き出した瞬間、ガチャーン!と音がした。
振り向くと、コーヒーが零れ、新さんが倒れていた。
「だっ、大丈夫ですか?!」
「新君、大丈夫かい?!」
「社長?!」
私が駆け寄るのと同時に、父や秘書の森川さんも駆け寄る。しかし何事もなかったように新さんは立ち上がった。
「問題ない」
ええ?!問題ないの?!なぜ急に転んだの?!社長室にいる全員が疑問に思っていたが新さんはお構いなしに私に近づいてくる。
そしてサッと跪いた。
「失礼。靴にコーヒーをかけてしまいました」
そういうと優雅な仕草で私の靴をハンカチで拭った。
「えっ、申し訳ございません!」
今の私は父の芸能事務所のアルバイト(仮)。そんな下っ端が、取引先の社長に靴を拭かせてしまっただなんて大事だ。咄嗟に父が慌てて止めに入る。
「新君! そんなことしなくていいよ! 君、あっちで拭いておいで!」
「は、はい!」
「これを使って」
新さんは私にハンカチを差し出した。再び彼と目が合う。その瞳はいつも通りクールだけれど、どこか温かくて。私が『佳織』だと気付いていない彼が、見ず知らずの女性にそんな気遣いをみせることに、心がささくれ立つ。
「……ありがとう、ございます……」
どちらにせよ汚れてしまったハンカチを洗わなければと思い受け取る。父の指示で別の社員が入室しさっとコーヒーとカップを片付けていくのを横目で見ながら、私はそのまま退室した。
***
(なんでこうなった……)
その日の18時。私はウィッグにメイクを施した姿のままで、事務所近くのお洒落なイタリアンバルに団体で来ている。飲み会なんて久々だ。今日のお詫びにと父が夕食に誘った席に、私も同席することになってしまった。姉の画策に違いない! メイクも落とすどころかさらに濃くされちゃったし……!
父と姉をはじめとする事務所の幹部数名と私、そして新さんと秘書の森川さんが参加している。何故か新さんの横に配置されてしまった。私の今の設定は芸能事務所に入りたてのアルバイト。飲み会は馬車馬のように働く戦場だ。
「お酒足りていますか? サラダお取りしますね」
「気を使わなくていい。自分で取るから。君も好きなものを自分の分だけ取ればいい」
(新さん……)
胸がきゅーんとした。こういう気遣いのできるトップがいる会社だから、きっと上場できるんですよね。父も見習わせなければ。
「ありがとうございます……」
話題も何を振るべきか分からず、料理の味を味わう余裕もなく。
横にいる新さんをとにかくずっと意識してしまっていた。