恋におちたとき
 戻ると彼女が布団に包まっていた。
 白い掛け布団の海の中、安心しきった表情で微睡む彼女がいる。
 不意にまた、あんずジャム付きパンに似た白猫のことを思い出した。そっと布団に滑り込み、彼女のうなじに鼻を付ける。

「甘えてる」

 くすくす笑って彼女が俺を抱きしめる。

「そっちだって」

 言い返して頬を撫ぜると、彼女の顔をじっと見つめた。視線を感じた彼女がそっと目を開き、見つめ返す。

「どうしたの?」
「……いや、ちょっと反省タイムっていうか」
「反省?」
「なんか俺、ねちっこくないか? と思って。振り返るとどうもしつこく舐め過ぎている様な気がする」
「はぁ」

 なんと返していいのか分からない表情で、彼女が相槌を打つ。確かに突然反省タイムに入られたら、戸惑うだろう。
 ただ、なんだかこのタイミングで確認したかった。
 多分俺、これからもずっと彼女を見れば、あんずジャム付きパンを連想するし、うなじの匂いを嗅ぎたくなるし、舐めて堪能したくなる。

 自分が思うよりももっと真剣に、彼女のことを見つめていたらしい。
 最初は戸惑うばかりの表情だった彼女の瞳が揺れ、そのうち何故か顔が赤くなってきた。

「……えーっとね、私にとっての初めての出会いって、あの夕立よりももっと前の、朝の通勤の時だったの」
「俺と?」
「うん。雨が一瞬だけぱらっと降って、それ見てキャンディ舐めはじめた姿を見て、ああ、いいなぁって」

 言いながら、彼女の顔がさらに赤くなり、視線が下に落ちてゆく。

「で、ずっとその姿が忘れられなくて、……そのうち、私もあのキャンディみたいに、舐められたいなって……」
「え?」

 声がどんどん小さくなっていくから、つい反射的に聞き返してしまった。けれどしっかり聞こえている。

「だから、」

 そこで彼女は顔を上げると、俺を見つめてふにゃっと笑った。

「需要と供給?」

 どうしよう。俺の彼女がたまらなく可愛い。
 ぎゅっと抱きしめると、俺は耳もとで囁いた。

「では遠慮なく、いただきます」

 そして俺はまた、彼女を堪能したのだった。
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