恋におちたとき
 年齢は、どのくらいだろう。スーツのパンツが腰ではく系のデザインで、シャツが細いボーダー柄。この選択は、まだ若い。でも初々しい感じがしないのは、その着慣れた身のこなしのせい。私と同じ年齢くらい。いって三十代手前、というところ。

 まだそんなにはくたびれていない、いまどきのサラリーマン。
 スタイルもいいのだし、あとちょっとがんばればおしゃれな感じがするのに、もう一歩のところで追いつけない。整髪剤をつけていないふわふわと立ち上がった髪の毛が、気の抜けた雰囲気をかもし出していた。

 うん。月曜の朝だしね。髪の毛まできっちりお手入れするほどは、気合入らないよね。
 それに今にも降り出しそうなこの天気。湿気の高さから、髪の毛もいつも以上に膨らんでしまうのはみんな同じ。
 後姿だけなのに、すっかり目の前の人に惹きこまれていた。

 そのまま彼の後をついていたら、一車線道路の交差点で立ち止まった。
 赤から青に変わる、ほんのわずかな時間。私はあえて手前で止まり、距離を縮めることはしなかった。だってあまり近寄りすぎたら、全体像が見えなくなってしまう。会社に着くまでの約七分間を、彼の後姿を鑑賞することで愉しみたい。

 その昔、私がまだ小さい頃、世の中には『お茶汲み要員』と呼ばれるOLさんたちがいた。『職場の花』とも言われた彼女たちは、男性社員のご機嫌をうかがい、適切なタイミングでお茶を差し出すことを最大のミッションとした。
 仕事の能力ではなく、ひたすら職場に奉仕できたかどうかで価値が決まるなんて! と憤ったのも社会人になりたての頃。今では『お茶汲み要員』を重宝がっていたおじさんたちの気持ちが良く分かる。
 だって、職場に潤いが欲しいんだもん。和みになるものは必要不可欠だもの。
 私だって疲れているとき、「お疲れ様でした、お茶どうぞ」ってもし可愛い後輩にいわれたら嬉しいし、疲れも半減する。
 そしておじさんたちが若い女の子を愛でるように、相手が男の子だったらよりいっそうやる気が出る。と思う。
 やっぱり同じ残業するのでも、一人で殺伐とした気分でするのより、「そっちはどう?」「いやもう全然終わらないっすよー」って会話をはさんだほうが、頑張れる。絶対に、頑張れる。

 だからそんな気持ちで純粋に、この目の前の人を眺めていた。
 自分好みの男の人。朝から目の保養が出来て、ラッキー。みたいな。

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