恋におちたとき
 信号が青に変わり、彼は歩みを再開する。しなやかでゆっくり。マイペースな歩き方。けれど身長があって足のストロークが長い分、どんどんと進んでゆく。

 やっぱりなんかいいなぁ、この人。

 何度目かの感想が浮かんでいたら、彼がふと上を向いてから横を向いた。横顔があらわになって、あ、眼鏡。眼鏡掛けているんだ。
 また新たな発見を愉しんでいたら、腕にぽつりと濡れる感触がした。雨だ。とうとう降ってきた。
 反射的に周りを見回し、そして彼の行動を理解する。本当に雨が降ってきたのか確認していたのね。

 雨はぽつりぽつりと降るけれど、細かくて間隔もあいている。この程度なら、会社に着くまで傘はささなくても平気でしょう。
 そう判断したのと同じタイミングで、彼が手に持つカバンを引き上げた。歩みを止めず、カバンの中をごそごそと探し出す。

 傘、さすのかな?

 なんだかちょっと、がっかりした。
 あのゆったりとしたマイペースな歩き方から、彼はもっとおおらかな性格だと想像していた。こんな程度の小雨で濡れる心配して傘をさすなんて、自分の中のイメージにそぐわない。
 まあ、むちゃくちゃワガママなこと思っているんですけどね。

 小さく息を吐き出していると、女性が一人、私を追い越して間に入った。彼女に阻まれて彼の体が見えなくなる。
 もちろん身長差はあって全部が見えなくなるわけが無いのだけれど、彼はカバンの中を探るためうつむいていた。こうして視界がさえぎられ彼が隠れると、ようやく自分のやっていることの危うさに気が付く。

 たまたま目の前を歩く男性に目がいってそのまま観察しながら会社までいくって、人に胸張って言えることじゃないよね。少し冷静になったほうがいい。
 良い機会だと自分の行動を反省したはずなのに、それでも彼から視線を外すことが出来なかった。
 今までうつむき加減の顔が上がり、肩から上がまた見える。
 女性は急いでいたようで、すっと彼の横を通りぬけ去っていった。またあらわになる全身像。

 傘、持っていない……?

 てっきり傘をさすのだと思っていたのに、彼の手にはそれはなかった。右手でカバンを持っているだけ。相変わらずのゆったりとした歩き方。
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