カーテン越しの君【完】
魔法の飴
幼い頃の私の夢は歌手。
小学校に入学してから約五年間、二駅先にある声楽教室に通っていた。
同じ教室に通っていた皆川くんは、初恋相手であり憧れの人でもあった。
当時、背が二センチほどしか変わらない彼は、目の下の泣きぼくろが二つあったのが特徴的。
ひとことで言えば、彼は影の努力者。
歌のテストの日が近付くと、彼は誰よりも早く来ていて、教室の隣の非常階段で声を小さく響かせながら一人きりで歌の練習をしていた。
透き通った声は、声量、音程、抑揚、こぶし、ビブラート、フォールは非の打ち所がないほど完璧な歌唱力の持ち主。
同じく歌手を夢見ていたから、彼の魅力溢れる歌声に涙を流しながら聞き惚れていた。
何度練習しても歌声に満足いかず、テストの最中に泣き出す私に、『これは、歌が上手くなる特別な飴だよ』と言って、いつも持ち歩いていた星型の飴を私だけにプレゼントしてくれた。
彼がくれる飴は私にとって特別であり、歌を歌う勇気を与えてくれた。
あの頃は歌手になる夢を抱いて必死に練習したけど、諸事情で仕方なく夢を諦めなきゃいけなくなってしまい、レッスンが最後だった大雪の日に彼に別れの言葉を告げた。
すると、彼は口から白い息を零しながら、モゾモゾと恥ずかしそうに鼻を赤らめて言った。
「足首が浸かるくらい大雪が降ったら、俺達はまた会おう」
別れが耐えられず泣きじゃくる私に、彼は再会を誓ってくれた。
でも、小学生でまだ幼かったから、再会の時期とか場所とか明確な情報を交わす前に別れてしまった。
だから、この思い出の星型の飴だけが、彼との再会の頼み綱となり、勇気の飴としていつも持ち歩くように。
星型の飴を見ると、勇気を与えてくれた彼を思い出す。
医師を目指し、辛い勉強にもくじけぬよう気持ちが前向きになれるようにという願いを込めて、いつもポケットの中にお守りとして忍ばせている。