恋がはじまる日
 今日はどの部活動もお休みのところが多く、次々と生徒達が下校していく。私もジャージから制服へと着替えて、昇降口で椿を待つことにした。

 椿遅いな…彼のことだからこういうイベントは幹事をやっていそうだし、参加人数のチェックやらお店の予約やらで忙しいのかもしれない。もう少しで来るだろうし、のんびり待つことにしよう。


 けれど少し立っているだけで、次第に足首に痛みがよみがえってきた。さっきまでは全然平気だったのに、足首がズキズキする。やっぱり教室で待っていればよかったかな。

 これ以上立っていると更に痛みが増しそうだったので、昇降口を少し出たところにある花壇のふちに腰を降ろし、足に負担がかからないように待つことにした。


「ふー」と一息ついていると、目の前を見慣れた男子生徒が通りすぎる。


 私は思わず彼の名前を呼んでいた。


「藤宮くん!」


 振り返った彼はいつもとなんら変わりなかった。当たり前だけれど…。

 それなのに私の胸は急に鼓動を速めて、うまく言葉が出てこなくなってしまった。それが余計に私の冷静さを欠いていく。


「何?」

「あ、えっと、帰るの?」

「そうだけど」

 ようやく絞り出した言葉にいつも通りすぎる素っ気ない一言が返ってくる。


 意識しているのは私だけなのだと当たり前のことを思い知らされて、ちょっとの切なさを感じた。


「藤宮くんは打ち上げ行かないの?みんなでカラオケ行くって」

「カラオケ?」


 あ。カラオケと言ってから、私ははっとして口をつぐんだ。

 これは藤宮くん、行きたがらないのではないだろうか。カラオケなんて、イメージがかけ離れすぎていて全く想像がつかない。
 藤宮くん、カラオケ行ったりする?歌うの?歌えるの?というか、歌にエネルギーを使うことすら面倒くさがりそうだよね。


 そんなことを勝手に想像していると、彼は眉間に皺を寄せながら言う。


「お前、何か失礼なこと考えてるだろ」
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